第49話

「エリック、あの、苦しいので放して下さい。それと聞きたい事があるのですが、良ろしいでしょうか?」


 私が顔が近くなったエリックに何とか伝えると、エリックは途端に不機嫌に。


「どうして敬語になるんだい?」


 思わず溜め息が漏れる。


「気合を入れようと思うので、精神を集中したいからです。あの、この場所に居ても良いのでしょうか? 魔獣を連れてくるとおっしゃっていましたが……」


 エリックは溜め息を吐き、私を抱えたまま歩き出す。

 玻璃は色々諦めたらしく、空中に浮きながらプカプカと付いて来ている様だ。


「移動するよ。大神殿内の一番広大な広場に行くからね」


 私は抱えられたままなな事に慌ててしまう。


「自分で歩けます!」


 そう主張するのに、エリックはどこ吹く風。


「良いの、良いの。この方が早いって。歩幅を考えれば分かるでしょ?」


 残酷な真実を言うので、その通りでしかなく、私は何も言えなくなる。


「それで、聞きたい事って何だい?」


 そうエリックに問われ、ちょっと息を吐く。


「あの、どうして天馬にしたのかと思って……鷲獅子や鷲馬でも良かったと思いますが、それ等じゃ無かったのはどうしてかなと思ったものですから……」


 エリックは苦笑しつつそれでも答えてくれた。


「天馬にしたのは純粋な飛行速度で一番だから、というのが理由。鷲獅子は機動力は凄いけど脆い所があるし、鷲馬はタフだけどちょっと小回りが利かない。そこいくと飛行速度もピカ一で、ある程度タフでありながら機動力もある天馬が総合的に一番だからね。ランクが上であればあるほど天馬かなあって思うよ。長距離移動なら鷲馬も良いんだけど、近いしね。これが王都の近郊じゃなくて直接王都なら鷲獅子なんだけど、ちょっと長距離移動する場合だと鷲獅子はタフさが馬系と比べればちょっと劣る。それを鑑みれば心配は心配だからなあ。長期戦になった時、移動距離のせいで動きが鈍ったというのじゃ何だしね。やっぱり馬系は良いよ。特に天馬系は最優秀だと思う。鷲獅子の攻撃力も魅力だけど、天馬系は魔法が優秀だしね。サポートの面でも他を圧倒するし、やっぱり天馬系かな。アハオラム様が魔獣を喚んだ場合、その魔獣は強制的に浄化されてソキウス化するから便利だしね。今はソキウスが不足気味だから一石二鳥って奴だよ」


 どうやらエリックは天馬一択、であるらしい。

 鷲獅子も鷲馬もどちらも綺麗で見惚れるしかないと個人的には思う。



 鷲獅子というのは、所謂グリフォンと認識して良いと思う、とても勇敢で気性が荒く獰猛な存在である。

 鷲馬はその名の通りなヒポグリフ的な存在で、鷲獅子より穏和だがそれでも見合わない相手には恐ろしい存在で、凄くタフなので有名だ。



 貴族の騎乗馬と言ったら基本的に、天馬系、鷲獅子系、鷲馬系の三種類が主だったりする。



 そう言えば身分が高ければ高い程天馬系の確率が高かった様なと思い出す。



 それはそれとして神様を便利に使っている様でちょっとモヤっとしたのは内緒だ。


「趣味で騎乗馬を鷲獅子系にしたり鷲馬系にしたりはあるよ。まあ、使い方次第で変わってくるから、三種類全部持ってる高位貴族は多いかな。ソキウスにすれば強ければ強い程寿命は長いし、万一最高位以上をソキウスに出来たら寿命が尽きるなんて事態は無いも同然だし、だから長い歴史のある一族だと所有率も高いよ。ルナの知っている相手は、大体三種類持ってると思う」


 そんな事をのんびりと言いながら、私を抱えたまま移動するエリック。


「プネヴマ魔法学校に通っているのは、貴族や騎士の中でも優秀な人達だと聞いていたけれど、やはりそういう人の家は代々続く歴史の長い一族だったりするの……?」


 エリックは楽し気に肯きながら答えてくれた。


「まあ、そうだね。歴史が長い一族とイコールで大体力が強いから。だから基本的に貴族は闘技大会出場禁止なの。貴族に成るのが褒美なのに、既に貴族だから意味ないとかいう理由。次男、三男は出ても良いんだけどね。でも彼等は彼等でこの広い大陸内のどこかの土地を貰えるから、出ないのが暗黙の了解だし」


 そう言えば、と思い出す。


「この大陸って凄く大きいよね……何と言うか、地図を見た感じだと……ユーラシア大陸位な感じで。でもエルトリア大陸もそれ位ありそうな気がするし……この星、地球よりずっと大きいということ?……それに加えて赤道や南極北極というのも関係ない感じもするけれどどうなのかしら……? 聞いた限りそうよね。この国もアエテルニタ―ティス王国もそれ程過酷な環境はないと習ったし……」


 色々思ってブツブツ言っている私に、エリックは苦笑気味。


「この大陸は特にだけど、神々の加護があるからそれ程酷い環境にはならないんだよ。基本的に人も植物も動物も住みやすい感じで統一されている。この世界全体で住みにくいっていう環境は殆ど無いんじゃないかな。前居た世界と比べたら悩むことになるんじゃない? どうもルナ達の前居た世界って、神々が干渉しているとは思えないんだよね。何か管理の仕方が違うとしか……管理者の考え方が違うんだろうね」


 エリックの言葉に、首を傾げる。


「管理者……?」


 エリックは眉根を寄せつつも教えてくれる。


「これも知らないのか……世界は普通、管理者がいるものだよ。管理者に人格があるかどうかはその世界次第だけど。ついでに管理者の力も其々天地の差がある、っていう感じ。だから世界によっては対処出来る事と出来ない事が違ったりするんだ」


 エリックの説明に成程と肯く。


「確かに管理者の存在は感じた事は無かったと思う。幽霊、精霊、妖怪みたいな存在は見た事があったけれど、それ以外は無かった、と思う。蛇神様みたいな存在も知らないし見た事はないわね」


 エリックは首を傾げながらも口を開く。


「へえ。はぐれの神様も居ない、と。もしくは姿を現さなかったのかな……ルナみたいな存在が居て、無視できる訳ないと思うんだけど……人格が無いのかな……? それから、妖怪ってなんだい?」


 私はそれに悩みながら答える。


「精霊の亜種、みたいな存在、だと思う。精霊が魔の要素が無いとしたら、妖怪には魔の要素がある、みたいな感じかな……精霊とも妖怪とも言えない存在も居て、区別はあって無い様な物だと……思う。個人的な意見だけれど」


 私の説明にエリックは肯きながら話し出す。


「あれかな? ルナの言う精霊って、こっちで言う聖獣みたいな感じかな? それで、妖怪は魔獣とソキウスの間、みたいな……?」


「多分それであっていると思う。ただ、精霊の中には人に使役される存在や害される存在も居たから……どちらかというと、聖獣よりソキウスだと思う」


 私が思い出しながら答えたら、エリックは納得顔。


「成程。良く分かった。ありがとう。やっぱり他所の世界の事は他所の世界の人に訊かないと分からないものだね」


 そういうエリックに、ちょっと疑問。


「こちらの世界の人って、異世界があるという事に違和感が無いというか、常識として知っている感じだけれど、そういうもの?」


 エリックはまた楽し気な顔になり教えてくれる。


「そうでもないよ。この大陸の人間以外、異世界とか信じていないんじゃない? こっちは常識として神々から下賜された知識があるけど、あっちは無いから」


 またも他の大陸との格差を思い知り、本当にこちらの国に落ちたのは幸運だったっと身に沁みて分かったのは良かった……と思いこむことに執心した。

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