第25話

 氷川先輩も手伝ってくれたから開店準備は順調に終わり、簡単な朝食を食べつつ、話題は難民についてになった。


「地べたで蹲っている人も多いけれど、今年に入ってから地区によっては難民による治安の悪化が止まらないらしいわ。数年前から言われてはいたけれど、今年はより顕著に問題が起きているみたいね」


 マーサさんが溜め息交じりに言うと、氷川先輩も肯いた。


「らしいですね。邪教の広まりを考えると、子供を一人で遊ばせるのは止めた方が良い、と広報すると聞きました」


 氷川先輩の言葉に、中村先輩は顔を顰める。


「ああ、成程。子供なら浚いやすいって訳ね。益々気に食わないわ、その連中。自分より弱い相手を標的にするとか……!」


「まったくね。セドリック様も、被害が広まる前に難民は全て追い出せという意見が大半で、難儀していらっしゃるらしいわ。追い払ってもまた入って来てしまうから、イタチごっこなのよ」


 中村先輩に続き、マーサさんも眉根を寄せる。


「何度も入ってくるような難民や、軽かろうと犯罪を犯す様な難民は殺したって良いだろうという意見も、もう散見されるとも伺いました」


 氷川先輩の言葉に、マーサさんは暗いため息を吐く。


「そうなのよね……数年前から軽犯罪も多発しているから、個人商店なんかは大変らしくて、そういう意見も出るのは分かるのよ。大手も馬鹿に出来ない位には被害があるらしいし、外国人には厳しめね。ちゃんとしている人は立場が難しくなっている様で、色々大変みたいよ。だから改宗する人も多いと聞くわ」


「だとすると、今改宗するのは難しいですか? 仲間を早急に改宗させたいと思っている所なのですが……」


 氷川先輩の心配そうな声に、中村先輩と私も不安そうに顔を見合わせる。


「そうね……エリック殿下なら大丈夫でしょう。富裕層もこの国に沢山入っては来ているけれど、殿下にお頼みすれば直ぐでしょうから、心配ないわ。やっぱり急いで改宗した方が断然良いだろうし」


 マーサさんが、私達を安心させる様に優しく微笑む。


「さあ、そろそろ開店の時間よ」


 マーサさんは私達がホッとしたのを見てからそう言って立ち上がり、私達も準備に取り掛かった。



 玻璃もミルクを飲み終わった様で、定位置のバスケットの中へと移動。

 いつも通りで微笑ましい。





 開店した直後、エリックが何故か現れた。

 背が高いのと容姿が良すぎるのとで、周りの反応で察せられるのが救いだろうか。


「え、どうしたの!? お昼過ぎに来るかと思っていたのに」


 驚いて思わず訊ねたら、エリックは楽し気に笑う。


「返事は早い方が嬉しいじゃないか。直ぐに連れて行けるし。それで、返事は?」


 席に案内する前にこれだから、ちょっとため息が漏れるのは勘弁して欲しい。


「申し訳ありませんが、少々よろしいですか? 食事の後で構いませんので」


 氷川先輩が苦笑しつつ告げれば、エリックは目を瞬かせる。


「あれ、カイ? どうしたんだい? 何か頼み事?」


 不思議そうに訊ねるエリックに、氷川先輩は申し訳なさそうにしつつ口を開く。


「ええ、そうです。大丈夫でしょうか?」


 エリックは面白そうに笑いつつ肯いた。


「良いよ。カイが私に頼むの自体珍しいし。もっと頼れば嬉しいけど、カイはそういう性格じゃないしね。そこも気に入っているけど。で、何だい?」


 氷川先輩はマーサさんに目配せし、予め頼んでおいた個室に案内するのだろう。


「あちらの個室でお話させて頂いても?」


 エリックは氷川先輩の言葉に快く肯き、氷川先輩に付いていく。


「あ、ルナ。一緒においでよ。返答聞きたいし。あ、朝食はスクランブルエッグと厚切りハム、それからブラッドソーセージね。飲み物は桃のジュース希望」


 エリックの振り返りつつの注文に、マーサさんが笑顔で肯く。


「かしこまりました。直ぐに配膳いたします。ルナ、お願いね」


「はい。あ、でも、スクランブルエッグ、私が作った方が良い?」


 エリックに訊ねたら、難しい顔に。


「――――悩むなぁ。ルナの作ったのも食べたいけど……今日はマーサのが良いかな。マーサが作るのも好きなんだ」


 エリックの言葉に、マーサさんは嬉しそうに微笑むと肯いた。


「はい。では心を込めて御作り致します。ルナ、ありがとう」


 何故かお礼を言われてしまい、恐縮しつつ、氷川先輩とエリックの後を追った。

 そんな私の肩に玻璃は颯爽と乗って尻尾をフリフリとしていて、思わず笑みが零れる。

 相変わらず、玻璃は可愛いなぁ。

 そうほっこりして、緊張をやり過ごす事が出来た。




「それで、話は何だい? あ、でも、先にルナの返答聞きたいかな」


 エリックの座ってすぐの言葉に、氷川先輩と肯き合い、答える。


「お手伝いする件でしたら、お受けします」


 私が答えたら、エリックはとても嬉しそうに笑った。


「それは良かった。本当に助かるよ。ルナが居るのと居ないのとじゃ大違いだからね」


「それは、その、頑張ります。それで、頼み事をしても良い? 忙しいのに、本当に申し訳ないけれど……」


 私が身を縮ませて言ったら、エリックは苦笑する。


「気にしなくて良いのに。ルナは居るだけで良いんだし。それにお願いを聞くのは構わないよ。二人共、そうそう厄介なお願いはしないだろうし」


 エリックの言葉に、また氷川先輩と顔を見合わせ、ちょっと悩む。

 結構面倒事な気がするのだが、大丈夫だろうか……?


「わしからも願う訳じゃが、良いか?」


 唐突に声がして、蛇神様がエリックの目の前に現れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る