第37話

 室内は、威厳と格式に満ちていた。



 一番奥の祭壇には、光の珠としか言えないものが浮かんでいる。

 その祭壇へと上から燦々と眩い光が降り注いでいるから、明かりや窓が無いのにこの部屋はとても明るい。

 壁には重厚な書物が所狭しと書棚に収まっていて、威圧感抜群。

 これまた重厚そうな机と、高級そうな椅子が二つあり、それ以外には皮張りの座り心地の良さそうな高価だろうソファーとテーブル。



 私の知識で出てきたのはまるで大統領や首相の執務室みたい。

 それが第一印象だ。


「さあ、入って入って。ここが奥の間。神殿の、一番神聖な場所だよ」


 エリックの言葉に目を瞬かせる。

 どうみても執務室だ。

 それが一番神聖な場所とは、一体どういう事なのだろう……?



 疑問符だらけの私を置き去りにし、エリックは一番重厚な、書類の山と積まれた机へと近づく。


「ルナ。早速で悪いけど、この書類の仕分けお願い。こっちの机に書類置いておくよ。それで中身は関係ないから、手に取っての第一印象。何かを感じたら右に。何も感じなかったら左に重ねておいて。全部終わったら右の方を私に持ってきて。左は読んでからこの印章、押しておいて」


 目をパチパチさせるしか出来ない。

 説明しなさすぎだと思うのだが、間違ってはいないと思う。


「……あの、どういう事か良く分からないのだけれど……えっと、何かを感じたら、ってどういう事?」


 私の疑問にエリックは楽し気に笑っている。


「まあ、あれだよ。気持ちが悪いとか嫌な感じだったり、心地良い感じ、楽しい感じ、みたいな? ま、兎に角、中身は丸っと無視して構わない。ただ紙を手に持って、好悪の感情が湧いてきたら右に置く。それだけ。それから左の読んでいておかしいって感じる様な書類は、神々査定でどこかおかしい、間違いがあるって事だから、改めて私に持って来てくれれば良い。それでね、それ以外はこの印章を押しておいてくれれば良いから」


 そう言ってさっさと書類を置いて自分の机だろう方に座り、既に仕分けされているのだろう書類を読みだした。



 もう仕方がないので書類の置かれたエリックの座っていない方の机と椅子に向かう。

 さて始めようかと思ったら、エリックが突然声を掛けてきた。


「あのさ、この奥の間は神々のテリトリーなんだよ。神殿内は全部そうだけど、特に此処は別格。で、書類が神々にとってよろしくなかったり凄く気にいったら、神官の素質がある奴にそれを伝える訳。それで、紙を持つと何か感じるって事になるんだ。それに神々査定に合格しなかった書類は読んでいて何か変だと知らせてくれる訳。これは、まあ、記載ミスとか、横領とか、裏に何かありますよ、とかも知らせてくれたりするんだ。便利でしょ」


 エリックの説明に驚愕する。


「神様達って、あまり人間に干渉しないって聞いたわよ?」


 エリックは苦笑した。


「神官やった事のない人はそう思っているし、神官も、神官経験の無い奴の前じゃそう言う。でもこの国の成り立ち自体神々から大いに干渉されている訳で、必然的に神々は、我が国や隣国のアエテルニターティス王国には色々手を差し伸べて下さったりしている訳。勿論、自由意思は認めて下さっているし、信頼もして下さっているよ。それを選ぶかどうかはこちらの自由だし。ただ、世界の存続やら色々人間には荷が重い事とかが関わってきちゃったりしてね、神様も関わらざるを得ない状態なんだよ。人間の生きていける環境を与えるって言うのは、神々としては一番大事にしている事なんだけど、それに支障をきたしそうだから、の干渉だしね。あっちの大陸が好き勝手にやった代償を、こっちがわざわざ支払っている訳だ。だから、神官の能力が高ければ高い程あっちの大陸の人間は嫌いなの。むしろ、能力の強弱に関係なく、嫌悪感は凄いかも」


 エリックの説明に思い出す。


「そいえば、元々アエテルニタ―ティス王国と、アルターリアー王国は一つの国だったって習ったわ」


 エリックは真面目な顔をして肯いた。


「そう。元々は一つの国だったんだ。我が国の成り立ちは、私の先祖に啓示が降り、信徒達がそれに従い、この大陸に来て始まった。かつてこの大陸には誰も入れなかった。だが啓示が降りてから信徒達には解放されたんだ。暫くは信徒しかこの大陸に出入りできなかった。国として他とも戦えるようになった頃合に、他の宗教の人間も入ってこれるようになったんだ」


 学校で習った歴史を思い出す。


「ああ、確かエトルリア大陸の人達は、アルターリアー王国のあるシビュラ大陸と宗教が違うのだよね。確か、エトルリア大陸は唯一神教だったと覚えているけれど……」


 エリックは苦笑しつつ肯く。


「そう。エトルリア大陸の人達は唯一神を崇めている。彼等は神の名を知らないし、唱えたりしない。畏れ多い事だから、神の名は人間は知らなくて良い、って教えだし。唯一神として崇められている男の名前は神々はご承知で、私も知っているけど、別に他の人は知る必要もないし。ただ、その唯一神に自分をした男が我々がこの大陸を目指した元凶」


 習った事を脳裏に反芻する。


「えっと、確か……広大なエトルリア大陸全てを掌握した男の人がいて、その人が自分を唯一の神と崇める様にした、だったよね。それで神々からの啓示を受けたアルターリアー王国の祖となる方が信徒を連れてこの大陸へと渡った……で間違いはない?」


 エリックは肯いてから呆れた様に笑う。


「うん。それで正しい。まったく困った物だよ。確かに、あのエトルリア大陸全てを支配下にしたのは凄い。でもさ、人間が唯一神を名乗るのはどうかと思うよ。思い上がりすぎ。本当に迷惑な話だ」


 確かにそうだとは思う。

 それに信じなかった人は問答無用で殺されたという。

 本当に酷い話だと習った時に思ったのを思い出す。


「あの男は魔力が異常に強かったから長生きしたしね。だから男が生きている内に男を神だと信じない様な人間が死に絶えたから、ま、成功した訳だ」


 エリックは嫌なものでも視る様に表情を歪めている。


「アエテルニタ―ティス王国の誕生は、それはそれで特殊だけどね」


 表情を緩めたエリックに私も思い出しながら答える。


「アルターリアー王国の王族が建国した、だよね」


 エリックは友人を見る様に温かに微笑みつつ口を開く。


「そう。我が国は拝一神教だけど、最高神たる方には別側面があるんだよ。つまり、何でもできる鷹揚な性質の面と、戦や地獄、特に裁きや罰を司る厳しい性質の二つがね。それである時の王の息子に、最高神の厳しい面と非常に相性の良い人間が生まれたんだ。その王子はどうしても最高神の鷹揚な性質の面とは馴染めなかった。信じる神の側面が違うという微妙な問題でね。その王子に従う連中とかも多く出て、結構大変だったらしい。それで神々と相談して、最高神の厳しい側面を主に崇める国を作る、って事になった訳。その結果、その王子を王として、アエテルニタ―ティス王国がこの大陸に出来たんだ」


 私も授業を懐かしく思い出していたら、エリックが苦笑する。


「それじゃ、さっさと仕事終えちゃいますかね。ルナも頑張って」


 そう言い終えるとエリックは書類に目を落とした。



 私は座って深呼吸。

 それから書類を手に取り、任された仕事に勤しんだ。


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