第47話

 皆でなんとかエリックの話に納得し、一息つく。

 実際問題、エリックにも分からないのならば仕方がないのは確かだ。



 この件については蛇神様も沈黙を守っているのだからと諦めた。



 それでも不安は尽きないが、変わってしまった物は仕様がないと納得するしかない。

 ただ当分の間は……鏡を見ても垂れてくる髪を見ても馴染めなそうな気もするのだが、心のどこかがこれは元々の色だからおかしくはないと不思議と了承しているのも分かるから、馴染むのは案外早いかもしれないとも思うのだ。



 色々悩んだりもするけれど、そろそろ食後の休憩も終わりにしようかと思っていたら、唐突に走ってきた存在に思い切り突撃される。


「ルナ! 会いたかった!! もう、この王子殿下が仕事を押し付けるもんだから、帰ってくるのが遅れて、ごめん! ほんっとうに会いたかったよ!!!」


 元気よく大きな声で叫びつつ、力いっぱい抱き付いているのは見知った存在。


「……キャサリン!? え? どうしたの? え?」


 取りあえず、目を白黒させるしか出来ない。

 突然人に抱き付かれたらそうなると思う。



 玻璃は華麗に地面に着地し、不満そうに彼女を見ているのが大変申し訳なかったが、身動きできない現状、目で謝るしかできない。



 キャサリンという少女は、明るく元気で一見庶民の様に動作で判断されてしまうという謎な特技持ちの、顔はやっぱりとても上品で、栗色の髪に落ち着いた深緑の瞳の凄い美女というか美少女というかな容姿を持つ公爵家の令嬢だ。

 だから立派な最上位の貴族のはずなのだが……なんというか雑なのだ。

 初見の人はまず高位貴族だとは思わない。

 そう、貴族の中でもトップクラスの名家の令嬢なのに、不思議とこう……大雑把だったりするのだ。

 ただし、やろうと思えば誰よりも高貴な令嬢を演じられるというのが本当に謎である。


「はいはい、キャサリン。ルナが驚いてる。退く退く」


 そう言ってキャサリンを引き離したのは、水色の髪に水色の瞳の、知性的で聡明そうな凄く美形な男性で、公爵家の跡取り息子だ。

 いつも穏やかな面ばかりが目に付くが、割と口は悪かったりする。

 これまた初見では貴族の最上位である公爵家の跡継には見えないと評判な人だ。

 慣れてくれば、そうそう問題は無い……と思いたい。


「ヒュー!? ヒューも居たの?」


 私が久しぶりのヒューに驚いていると、のんびりと眠そうな声が続く。


「ヒューだけじゃないよ。私もいる」


 そうして声を掛けてきた、相変わらずぼやっとな感じのアルバートに、笑みが漏れる。



 彼は神秘的な凄い美形なのだが……普段はさぼり癖のある困った人だ。

 やる時はやるのだが、普段が……もうダメダメだったりする。

 宰相であるセドリック様の長男にして公爵家の跡取り息子な、落ち着いた金髪に鮮やかな青緑色の瞳の見事な美形様なのだが……



 エリックやジェラルド、氷川先輩や藤原君みたいな人間離れ組ほどではないにしろ、本当に凄い美形様なのに残念な面があるからだろう、これまた初見では宰相の息子にして公爵家の跡継には見えないという、全くもって困った人だ。

 あの四人はとても人間とは思えいな絶世の美形だから、比べる事自体がおかしいのかもしれないとこっそり思う。

 ――――瑞貴も本当に誰より綺麗だったなぁと思ってしまってから、慌てて記憶の底へと沈めた。


「アルバートも! 久しぶりだね。この神殿に勤めていたのだったよね?」


 私の問いに三人は肯く。


「そうよ。シビュラ大神殿に居た訳ですよ。居る場所、家族や神殿勤め経験ない人には言えないものだから……ごめんね。会いたかったけど、中々難しくて……」


 キャサリンが珍しく涙目になっているので、大いに慌てる。


「気にしないで! あの、今は大丈夫だから、あの、本当に大丈夫よ」


 言葉が上手く出てこない自分にちょっと情けなくなる。

 大切な友人だというのに…… 


「ほら、キャサリン、しゃんとする。ルナが困っているだろう?」


 アルバートの言葉に、キャサリンは目を見開いてから涙をグイグイと拭いた。


「あら、カイもトーヤもサツキも居るのね! 三人共、久しぶり!」


 元気良く声を掛けるキャサリンに、ホッと胸を撫で下ろす。

 ただ、キャサリンが無理をしていないと良いのだが……


「ああ、皆久しぶりだ。今はこの大神殿で世話になっている」


 氷川先輩の言葉に続けて藤原君が口を開く。


「そうだな。元気そうで何よりだ」


 藤原君も感慨深げ。


「本当に久しぶり。とはいえ卒業してからだから……丸一年ぶりくらい?」


 中村先輩の言葉にヒューは肯く。


「そうか。まだそれ位か。三年間寮でも何だかんだ一緒だったからな。どうにも一年ではなく、何年も会えなかったような気がしたよ」


 キャサリンもそれに力強く同意する。


「そうよねえ。やっぱり凄く久しぶりに思えてしまうわね。本当に三年間一緒だったものね」


 アルバートは欠伸をしつつ眠そうだ。


「まあ、そうだな。クラスが一緒というだけでも三年間も一緒なら顔を嫌でも覚えるが、班まで一緒となると本当に年がら年中一緒だからな。班の中から更に班を決めるというプネウマ魔法学校の方針もあるから、一つの班の人数は多めな訳だが」


 エリックは苦笑しつつ口を開いた。


「そうだねえ。一つの班が十二人だし。そこから六人になったり、四人、三人、二人とか、色々組んだねえ」


 私は、その班の事で思い出す。


「ねえ、エリック。ジェラルド、収穫祭に来るのよね?」


 エリックが顔を顰める。


「どこで聞いたの、それ」


 私は何故エリックが不機嫌になったのかが分からないながら、正直に答える。


「ああ、ジェラルドから。それで、収穫祭の期間中、出来得る限りジェラルドと一緒に居られるようにって、その、お願いできる……?」


 私がエリックに頼んでみると、見る間に眉間に皺を寄せ、どこからどう見ても機嫌が悪いです、という表情になったエリックに戸惑うしか出来なかった。

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