第57話

「それではルナ様、失礼致します。これから光を当てますので、大人しくして頂けると幸いです」


 早速のハンナさんの言葉を受け、ベッドから立ち上がって気を付けの姿勢に。


「ベッドで横になられたままでも良かったのですが……それでも問題はありませんし、むしろ起きてはいられない方に主に使う手段ですので……」


 言いながらハンナさんが手を翳すと、私が白い光に包まれる。


「あの……? これは一体……?」


 疑問ばかりの私に苦笑したハンナさんはそれでもきちんと答えてくれた。


「ご覧になった事はございませんか? 怪我や病気の際に、症状や状態を診察する為のものです」


 そういえば見た事があった様なと混乱しきりの私にハンナさんは温かな笑みを向ける。


「もう御身体の方は大丈夫ですが、一応念の為にお食事の方はこちらの部屋に持ってこさせますので、しばしお待ちください。それともお食事の前にお風呂に入られますか? 丸一日眠っておられましたから、それも良いかと思いますが」


 兎に角混乱していて、取りあえず考えられたのは食事よりもお風呂かなという事だった。

 やはりお風呂に入ってさっぱりしてからご飯にしたいと思ってしまうのだ。

 温泉宿に泊まったら朝風呂は必ず入っていたし、その後にご飯を食べたものだった。


「お風呂に入ってから食事にします。良いでしょうか……?」


 ハンナさんは微笑んで肯いてくれた。


「私に遠慮なさる必要はございません。ルナ様にお仕えしているのですから、何なりとお申し付けくださいませ」


 そう言ってくれるのだが、人に世話をされるのは何というか……慣れないのだ。

 元の世界の家でもそうだった。


「ありがとうございます。ですが私は自分で出来る事はしたいと思っています。それでも良いでしょうか……?」


 ハンナさんは温かな笑みを浮かべ静かに肯く。


「了解いたしました。仕える方がどうなさりたいのかを把握して行動するのも私の仕事ですので、お気になさいませんよう。では風呂の準備をしてまいりますので、しばしお待ちを」


 あっという間に風呂場の方へと消えるハンナさん。

 私としては待つとはどうしたらと首を傾げていると、玻璃は肩に乗ってスリスリと私に身を寄せる。


「玻璃?」


 私が問うと、玻璃曰く、彼女の事は気にするな。あれは勝手に仕事を見つけてこなすタイプだとの事だった。

 そうは言われても落ち着かず、ポツンと待っていると……唐突に部屋のドアが開けられる。


「ルナ! 目が覚めたのね!!」


 私を見て目を丸くしてから、勢いよく抱き付いて来たのはキャサリンで、こちらも目が丸くなる。


「キャサリン? こんなに朝早くからどうしたの? 大丈夫だった? 怪我とかは無い……?」


 色々ありすぎて頭が回っていなかったが、あの場にいた皆に怪我が無かったのか心配になる。


「大丈夫よ。ルナ以外は無傷無傷。本当に心配したんだからね! もう、無茶して!!」


 キャサリンはそう言って、私の腕を確かめる。


「うん、確かにちゃんとくっついてる。昨日も確認したけど、やっぱり心配だしね。カイから朝になってからルナが目が覚めたって聞いてね、兎に角ルナに会って目が覚めたのかを直接確かめなくちゃって思って、それで慌てて来たの!」


 そんなキャサリンにお礼を言おうと口を開いた。


「ありがとう、キャサ――――」


「ルナ目覚めたって!?」


「ルナ!?」


 唐突に飛び込んできたのは、アルバートとヒュー。


「二人共、ありがと――――」


「瑠那の目が覚めたって聞いたわよ!?」


「如月大丈夫か!?」


「如月さん!?」


「如月大丈夫?」


 きちんと言葉が言えない位には、なんというか混沌の坩堝っぽい。

 中村先輩と日向先輩、設楽君と鈴木君も来てくれたらしいのが見て取れる。


「あの、皆ありがとう。それに無茶をしてごめんなさい。もう大丈夫よ。どうやら怪我も無いみたいだし……」


 そう、不思議といえば不思議な事に、キメラに噛まれた傷が無い。

 その事にもキャサリンに言われるまで頭に無かったあたり、私は相当ボケていたのだろう。

 試しに腕を色々と動かしてみる。

 うん、自由に動くことに安堵の息を吐く。


「ああ、腕、本当に問題ないみたいだね。殿下もそう言っていたけど、心配はしてたんだ」


 アルバートが珍しくぼやっとな面を覗かせず、真剣に私を見ていて驚く。


「心配かけてごめんなさい、アルバート。もう大丈夫みたい」


 ヒューも心配そうに私の腕を見ながらため息を吐いた。


「あのルナの腕が勝手に身体に戻っていった奴、殿下がやったのかとも思ったけど違うみたいだし、ルナの力なのかな……殿下が泣きそうなのとか面白かったから良いけど、ルナはもう無茶しない」


 そんな相変わらずな事を言っていて笑みが浮かんでしまう。


「そうね……どうして腕が元に戻ったのかしら……エリックにも心配かけたみたいだし……それからヒュー、また同じ場面があったら私また同じ事をすると思うから、今の内に謝っておきます。ごめんなさい。それとありがとう」


 私の言葉に全員が溜め息を吐いたのには、何といいますか本当に申し訳なかったが、それでもやはり私は同じ選択しかしないだろうと思えるから、心苦しいがこればかりは諦めてもらうしかない。


「瑠那、もう、本当に大丈夫なの? 立っているけれど、寝てた方が良いんじゃ……」


 中村先輩が心配そうに言いば


「確かに怪我とか体には問題は無いって言われたけどさ、それでも丸一日以上目を覚まさなかったんだぜ? 本当に大丈夫かよ」


 日向先輩も案じるように私を見る。


「如月さん、日向先輩や中村先輩の言う通りですよ。せめて横になっていた方が良いんじゃ……」


 設楽君も心配そうに私に声をかけ


「そうだよ、如月。現場一応見てたけど、あれだけの大怪我して今無事な方が信じられないって。養生した方が良いよ」


 鈴木君も表情を心配そうにしつつ私を案じてくれている。


「ありがとう。でも本当に大丈夫だと思う。特に身体に違和感や痛みも無いし……」


 そんな会話をしていると、浴室の方に行っていたハンナさんが戻ってきた。


「ルナ様の体調は問題ないかと思われます。きちんと診察いたしましたからそれは保障致します。ただ病み上がりなのは確かですので、念の為に今日一日は部屋で安静にして頂きたいと思っております」


 ハンナさんに目を見開く皆に、尤もだと思う私。

 何と言ったら良いのか悩むが、場が凍り付いてしまったのには皆にもハンナさんにも申し訳ないと思ったのだった。

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