第42話

 どれくらい作業をしていたのだろう。

 ドアをノックする音で作業を停止した。


「どうぞ」


 エリックの許可を受け、入って来たのはオスカーさん。


「殿下、カイ様方が到着なさいました。どうなさいますか?」


 エリックは書類から目も離さず指示を出す。


「なら風呂に入れてから神官服に着替えてもらって。その後第二奥の間にカイ、トーヤ、サツキを。第三奥の間には残りの者を」


 オスカーさんは肯いてから神妙な顔。


「分かりました。それでですね殿下、そろそろ昼食のお時間です。カイ様達も着替えてから食事を摂って頂いた方が良いかと」


 エリックは書類からようやく目を上げる。


「え? もう、そんな時間? あ、確かにそうだね。カイ達遅かったんだ。早くに迎えはやったはずだよね。どうしたの?」


 エリックの問いにオスカーさんは真面目な顔で感心している様。


「プネヴマ魔法学校以外学校の説明を共に受けていたそうです。知らない人間に聞いてばかりでは緊張するでしょうから、の配慮の様でしたね」


 エリックは苦笑する。


「大方カイがそう行動して、皆が同調した、って所だろうね。相変わらずだねえ、カイは」


 確かにそう思う。

 きっと、か、氷川先輩がそう動いたから、皆もそうしたのだろう事は想像に難くない。

 らしくて思わず笑みが漏れる。

 でもまた氷川先輩の負担になってはいないかと案じてしまう。



 ……瑞貴の場合ならとそう考えて、考えた事を封印した、


「それじゃカイ達は着替えたら食事を。その後さっき言った通りにね」


 エリックの言葉を聞き、オスカーさんは一礼してから退室した。


「それじゃ、昼食を食べに行きますか」


 エリックに連れられ、またあの……非常に居心地の悪い場所での食事となった。




 か、氷川先輩達は入浴してからだから、私と食べる時間がずれたらしく会えずじまいだった。

 仕事が終わってから会いに行こうかなと考えつつ、庭で玻璃と一緒に食後の休憩。



 午後のお仕事まで食後に休憩時間が取られているので、ちょこっと息抜き。

 ただ風に吹かれていると、私に影がかかる。


「何、こんな所にいたの?」


 そう声を掛けてきたのはエリック。


「うん。ちょっと息抜きしていたの。エリックは?」


 エリックは私の隣に腰を下ろすと苦笑した。


「私は……ルナと一緒に休憩しようかなって、探していた訳だ」


 目を瞬かせつつ、謝る。


「ごめんなさい。エリック、食べ終わってから誰かと話をしていたから用事があるものだとばかり……」


 エリックはまいったなという表情で苦笑する。


「気にしないでくれると嬉しい。単にルナを探していたのは私の我が儘だしね」


 その言葉にちょっと安心する。


「良かった。でも今度どこかに行く時はきちんと断るわね。そうしないと探す時に大変でしょう?」


 私の言葉にエリックは楽し気に笑う。


「ルナ、それは私に都合が良すぎる。良いのかい?」


 エリックの言葉に意味が分からず、首を傾げる。


「都合が良いって、それは何か問題なの? 大事な用件がある時に居場所を知っているのといないのとでは違うと思う。だから私は問題ないわよ」


 そう、私を探す手間が省けて良いと思うのだが、違うのだろうか……?


「あはははは! ルナは……本当に、なんというか……裏が無いよねえ」


「え……? どういう事……?」


 裏が無いと言われても、特に何か含んで言った言葉ではないからそうなのだが……どうしてエリックは大笑いしているのかが甚だ分からない。


「はあ。うん、ルナはルナで居てくれたら良いよ。キャサリンやサツキはそれが心配なのだろうけど、私もカイもトーヤもそれで良いのだろうし、ヒューやアルバートもそうだろうしね」


 益々意味が分からず首を傾げ続けていると悪戯っぽくエリックは笑った。


「つまり、ルナはルナのままでいてって事。何も難しい事じゃない、っていうのはルナだけだね。他の人間は変わらずにいるっていうのも……それはそれで大変だろうし」


 分かった事は私に変わらないでいて欲しいという事。

 それに……変わらずにいるのが大変だというのは何となくだが、分かる。



 様々な出来事が積み重なって人間は出来ているのだ。

 何かあれば……良い方向か、悪い方向かは別として、変わってしまうのだろうとも思う。



 それが変わらずにいる、というのは、一種の異常の様な気がするが、どうなのだろう……?



 瑞貴は……変わってしまったのだろうか……?

 変わらないでいてというのも私の傲慢でしかない。

 ――――ただ、再会した時に変わっていたら……寂しくて後でこっそり知られないように泣いてしまいそうだ。



 思ってから自嘲する。

 ――――再会できるかどうかも分からないのに……


「あ、そうそう。キャサリンとヒューとアルバート、この神殿勤めしているんだよ。ソフィアやフローレンス、オクタヴィアは辞めちゃったけどね。今も務めている三人はそれぞれ出張中だから、帰ったら教えるよ」


 唐突なエリックの言葉に目が見開いてしまう。


「キャサリン達この神殿に務めているの? わぁ、また久しぶりに会えるなんて嬉しい! いつもは伝達水晶の中でだけだから、直接会えるのは……本当に嬉しい」


 私の言葉にエリックは楽し気に笑う。


「それは良かった。うん、嬉しそうなのは良い事だ。三人とは卒業してから会っていなかったの?」


「……ええ。どうも忙しかったらしくて、しょっちゅう遠方に出向かなくてはいけないと言っていたわ。ソフィア、フローレンス、オクタヴィアとも、ヒュー、アルバートとも偶に連絡を取り合うけれど、神殿を辞めたのも、この神殿に居たのも知らなかったわ」


 そう、キャサリン達でさえ、この神殿に務めていたのを教えてはくれなかった。

 ましてや辞めた三人は……辞めた事さえ教えてはくれなかった事に、密かにかなり落ち込んでしまう。



 私は彼女達にとって、何かあっても言う必要のない存在、だったのかな……


「ルナ。務めている神殿は、基本的に神官と神官経験者以外には秘密なの。辞めた事も、家族か神官、神官経験者以外に言う事は出来ないんだ。何も彼等がルナを排除していた訳でも嫌っている訳でもないから、誤解しない様に」


 優しいエリックの声に、泣きそうになっていた心が救われた。

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