第15話

 店がお休みの間に皆で昼食を摂り、しばし休憩。

 そして夜の為の仕込みをする。



 夜の営業を開始した直後から人が一気に入って大変だ。

 厨房と接客を交互にこなしつつ、精一杯頑張る。



 第一陣が去った辺りで、日向先輩、設楽君、鈴木君が来店した。

 格好は鎧を身に着けずラフだったから、一旦家に寄ってからきたのだろう。


「いらっしゃいませ。今席に案内しますね」


 そう言って空いている席を用意する。


「あ、如月、角猪が駆除対象だったんだが、料理って当分先か?」


 日向先輩の言葉にちょっと驚きつつ答える。

 猪類の中でも、角猪ってかなり上位の存在だったはず。


「ええ。ちょっと色々予定が入るかもしれなくて、ちょっと難しいですね」


 私の言葉に残念そうにしながらの日向先輩。


「まあ、『アルカ』に入れときゃ大丈夫だからな。悪いな、如月。無理言って。いやさぁ、内臓系の料理食いたいなあと思ってよ」


 日向先輩が苦笑しつつ言うのだが、


「本当に申し訳ありません。凄く美味しいけれど、倒すのが難しいって言われている角猪なのに……」


 私が謝ったら、日向先輩は明るく笑う。


「気にすんなよ。倒すのは簡単だったから平気だって。いつでも良いから手が空いた時に頼むな。夏はやっぱりホルモンだと思うんだよ」


 日向先輩が一人で何度も肯いていると


「日向先輩、内臓系の料理好きですもんね」


 鈴木君がうんうんと肯いている。


「鈴木も好きだろ? 苦手なのは如月と設楽ぐらいか」


 日向先輩が思案気にそう言うと、


「すみません、苦手で……でもどうもダメなんですよね……」


 設楽君は申し訳なさそうに言う。


「私も苦手で申し訳ないです……」


 私もしょんぼりと言ったら


「気にすんなよ。食い物の好みばっかりは仕方がねえし。体質もあるし、アレルギーって可能性もある。無理な物は無理だしな。それでも設楽も如月も解体するし処理手伝ったりしてるだろ。如月なんて苦手なのに内臓系料理してくれるだけでも嬉しいし、助かってる」


 日向先輩の真面目な表情の言葉に、鈴木君も肯いている。


「あ、取りあえず、ビールくれ、ビール!」


 誤魔化す様に日向先輩が照れくさそうに大きな声で言う。


「恥ずかしいのなら言わなきゃいいと思いますけど、まあ、言った方が正解な気はしますかね」


 鈴木君がうんうんと肯きながら言ったら、日向先輩にまたグリグリと鈴木君がやられて、痛いと不満そうに悲鳴を上げているのもいつもの光景だ。


「落ち着いてください、日向先輩! ここ店ですよ」


 焦って宥める設楽君もいつもの光景だ。



 その光景に目を和ませながら、日向先輩の好きなビールと、設楽君の好きなシャンパン、鈴木君の好きな赤ワインを取りに厨房に戻った。




「ああ、疲れた、疲れたー」


 そんな事を言いながら入って来たのは、洒落た服装の紳士。


「ハーレー教授、いらっしゃったんですね」


「うん、カイとトーヤもすぐ来るよ。あ、ワイン希望」


 子供みたいに無邪気な所があるのが、この教授だ。

 学園ではお世話になった恩人であり、氷川先輩や藤原君の師匠でもある人だ。


「如月、食事を頼む」


「ああ、頼む、如月」


 ハーレー教授の言葉が終わるかどうかで、声がかかる。


「はい、氷川先輩、藤原君。あ、お酒は?」


「白ワインが良い。それと発泡酒」


「俺もまずは白ワインで。それから発泡酒系もあると嬉しい。酒の種類は任せた」


「分かりました。席は教授と一緒にしますか?」


 私の問いに、三人は顔を見合わせ、


「私は良いが、二人はどうする?」


「私も構いません」


「俺も構わないです」


 それを聞いて、三人を席へと案内しようとしたのだが……


「あの、その子は?」


 藤原君の腰のあたりの服をギュっと握っている、十四、五歳位の可愛い女の子がいたのだ。


「ああ、私が預かっている子だよ。名前はサラ――――サラ、挨拶は?」


 教授の言葉におずおずと少女が答える。


「サラ、です」


 そう言ったきり黙ってしまい、藤原君の後ろに隠れてしまう。


「仕様がないね。あ、この子も一緒の席で頼むよ。未成年だから、ジュースを頼む」


 教授が言った言葉に肯いた。


「分かりました。それでは席に案内しますね」


 そう言ってから、四人を席へと案内した。




 そろそろ閉店という頃合になった時、常連の女性二人組のお客様から声がかかる。


「ルナちゃん、辻馬車呼んでもらえる?」


「 辻馬車ですか?」


 私が言うと、二人は顔を見合わせ、


「ええ、この頃物騒でしょう? 夜になったら、やっぱりちょっと怖いから。家の『ソキウス』を連れて来ても良かったけれど、それ程とは思わなかったのよね、来た時は。でもやっぱり不安になってしまって」


 成程、確かにそうだ。

 警吏は頻繁に見回っているとはいえ、夜は心配だろう。


「それでしたら、箱型の辻馬車にしますか?」


「そうね。割高だけど、そっちが良いわ」


「分かりました。護衛の『ソキウス』は付けてもらいますか?」


 私が言った言葉に二人はやはり顔を見合わせ、


「「ええ、お願い」」


 異口同音に言った言葉に肯く。


「わかりました。箱型の辻馬車で、『ソキウス』の護衛付き、ですね」


 急いで伝達水晶へと向かう。

 この頃は、家族連れや男性のお客さんでさえも、辻馬車に護衛付きを要望する人が多い。



 一応、夜に他の町へ行く時には、『ソキウス』の護衛を馬車に付ける事は以前から当たり前だったが、今は王都内での移動にも護衛を付ける事が頻繁だ。

 それだけ街は危険になってしまったのだろう。

 以前では考えられない事で、まだこの世界へ来て四年の私だが、とても驚いているし、とても怖いとも思ってしまう。



 護衛の『ソキウス』は、馬車の所属先によって強さが違ったりする。

 其々の馬車の会社が『ソキウス』を所持しているから、なのだが。



『ソキウス』にもランクがあって、『ソキウス』と同ランクの魔獣と強さを比べた場合、『ソキウス』の方が強いのが当たり前で、現在の状況下では強い『ソキウス』の需要が高まっているのは確かだ。




「ルナ。それじゃ、私は帰る。辻馬車を頼むね。あ、一応、護衛付きでお願いするよ」


 教授は良い感じに酔っ払い、楽しそうに言う。


「教授は、護衛は必要ないのでは……」


 私の言葉に教授はウインク一つ。


「いやー、疲れているし、酔っぱらっているからね。頼むよ」


「分かりました。直ぐに呼びますね」


 急いで伝達水晶へと向かう。


「ルナ、帰りはどうするんだい?」


 教授が訊いてきた言葉に、私が、蛇神様と中村先輩がいるから大丈夫だと答えようとした時


「私達が送って行きますから、大丈夫です」


 氷川先輩が答えて、藤原君や日向先輩、設楽君、鈴木君も肯いている。

 ああ、それで皆残ってくれていたのかと納得。

 常に恩が積み上がっていく現状を何とかしたいが、力の無さが恨めしいと思う。


「今週に入ってから、更に物騒になっているらしいですからね」


 藤原君の言葉に目を見開く。


「そうなの……?」


「ああ、難民が集団で襲ってくる事案が発生しているという話だ。難民同士で集団でやり合ったりもしている様だしな。今朝の新聞にも載っていた」


 藤原君が答えて、氷川先輩が肯いている。

 日向先輩達もだ。


「らしいね。全く迷惑な話だよ。それ以外にも気になる事があるし、本当に勘弁して欲しいなぁ」


 ハーレー教授が溜め息を吐きつつ教えてくれた。


「気になる事、ですか?」


「ああ、難民達の間で流行っているらしいんだが、新たな宗教が蔓延しかかっているらしいよ。どうも聞いた限り、邪教の類っぽいが」


 邪教、とは穏やかではない。


「でも、元々難民の人達にも信仰していた宗教がありましたよね。それなのに、邪教、というのは……」


 教授は眉根を寄せ


「ああ、自分達を救ってくれない神を見限って、生贄を捧げれば願いを叶えてくれるとかいう神に鞍替えしているらしいね。彼等にとって、飢饉は神の罰だ。自然災害も神の罰と認識しているから、こうも度重なる罰や神の怒りに堪えきれず、新たな神に救いを求めているというのが現状らしいが」


「生贄……」


 私が苦い声で呟いたのを聞いた教授は、ポンポンと私の頭を叩く。


「ああ、胸糞悪い話さ。生贄を残酷に殺せば殺した程願いが叶う、とかいうのだから、本当にどうかしている。間違いなく邪教だよ。こっちの認識では、神々はそんなに暇じゃないし、そうそう干渉なさらないってものだけど、まあ、彼等とは違うとしか言えないなぁ。だから彼等の様に邪教に走る気持ちは分からないよ、本当に。勿論さ、神々は忙しいながらこの国を守護して下さっているのも、神官経由の願い事を叶えて下さっているのも知ってるよ。でも、全て神任せってのは違うだろうと、そう思うけどねえ。神というのはだ、何もしてくれないのではなく、人が生存できる環境という現状が既に神に与えられたものだから、それに感謝するのが筋、と言うのは我々の考え方。大体、超越的な存在が森羅万象全てに介入したら、あらゆる生命体の自由意思は消滅して、ただの操り人形となってしまうだろ? こちらの自由意思を認めて下さっている事を感謝しないのもどうかなとも思うよ。神は優しいばかりの存在でもないと思うんだけどなあ。裁きや罰を与えるのも神だし。自由意思を認め、信頼してくれてありがとう、っていう風には思えないんだろうね、彼等は。ま、彼等は常に困っているから、困った時の神頼みを常にしている状態なのかもね。何でもかんでもおんぶに抱っこじゃ、彼等の信仰する神様も大変だなあとは思うけど」


 教授は難しい顔で続ける。


「この国に逃げて来るのは、災禍がないという理由以外にも、この国に来れば彼等の神の病気平癒を始めとした現世利益等の奇跡と救いがあると、真しやかに噂されているから、とか。どうも教会で聞いてくるらしい。それでこの国に来たのに、救いも奇跡も無いから、神を見限ってしまうという事みたいだね。鞍替えした神にしても誰かを無惨に殺せば殺しただけ願いが叶いやすくなる上に、その神様にさえ認められれば、その神様は紛い物の神の裁きから守ってくれるし、死後天国に連れて行ってくれるとかいうんだからねえ。で、その神に認められる行為というのが残酷に殺すことだって、もう、本当に理解できないよ」


 教授の言う事は尤もで、だからこそ、私には邪教を信じる人が余計に理解できないと思ってしまった。

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