第68話
私はあの時、魁の声を聞いて本当に落ち着けたのだ。
混乱してどうしたら良いのかさえ分からなかった私を、正気に返してくれたのは間違いなくあの時の魁の声。
クラスで整列しても、その中で親しいと言える人は藤原君位で、他の人とは挨拶や世間話はするけれど特に親しい訳でもなく、不安は尽きなかった。
それでも氷川先輩が居るんだと思えばまだ落ち着けたのだ。
同じクラスのはずで、さっきまでは姿の見えていた瑞貴も杏ちゃんもこの森の中には居なくて、正直心は不安で折れそうだった。
それでもまだ氷川先輩や藤原君が居てくれるのだからと、凝結しそうになる心を必死に宥めていたのだ。
だから、氷川先輩には本当に感謝しかない。
そんな氷川先輩が自分を責めているらしいから、どうにかしたいのに、私はどうして良いかが分からない。
自分の力の無さにほとほと愛想が尽きる。
「整列してから点呼を取った。森の中でその上もうかなり暗かったから全員を見通せなかったのもあるし、ならば人数を把握しない事にはと思ったからな」
氷川先輩が遠い目をして言った言葉に、日向先輩が肯く。
「そうそう。整列してから点呼だったよな」
笹原君は思い出しながらだろう上を向きながら微かに笑った。
「あれでクラスの人数足りないって分かったから助かったよ。俺のクラス担任いなかったんだよな、確か。それで副担任が点呼したの」
酒井君も息を吐きながら肯いていた。
「体育だったしっていうのもあったのかもしれないけど、担任も副担任も森の中に居なかったんだよな、俺のクラス。だから後で原田先生が点呼取ってくれて助かった思い出があるな」
設楽君は驚きながら話し出す。
「そうだったんですか? 僕のクラスは担任の並木先生が取ってくれてましたね」
中村先輩が氷川先輩を見ながら微笑んでいた。
「確か点呼を取った方が良いって教頭先生に言ったのは、氷川先輩でしたよね」
村沢君は目を見開いている。
「それも氷川先輩だったんですか? 俺なんて整列してホッとしてたから点呼取ってるので、あ、居ない奴いるって気が付いた位ですよ」
鈴木君も肯き
「俺もそうだったな。突然教室からあの森の中だったし、その上さっきまで教室で一緒だった人間に居ない相手がいるとかで本当に混乱したんだよな」
酒井君も難しい顔で肯きながら口を開く。
「そうだったんだよな。グランドで確かに居た人間が居なくなってて、訳が分からなかった。光を浴びたらもう暗い森の中って言うのも訳が分からないけどな」
長谷部さんは溜め息を吐いている。
「移動教室だったから、まだ廊下だったのよね……筆記用具持ってたのにどさくさで無くなっちゃったけど」
清水さんも諦めた顔で苦笑した。
「それは仕方がないよね……私も持っていたものどっかいってしまったから……」
高橋さんはそんな長谷部さんと清水さんを心配そうに見詰めていた。
「さて、話を続けるか。その後に携帯電話やスマホが動くかどうかというのを調べたんだが、教職員方のものも生徒の物も含め、誰一人の物として動かなかったんだ」
氷川先輩の話で、中村先輩が思い出しながら肯いている。
「そうだったわよね……確か、梅津先生が言い出したっぽいのよ。それで教頭先生が他の先生達に確認して、ダメだったから生徒達全員に教師たちが聞きに行ったのよね」
森崎先輩は大きく溜め息を吐きながら忌々しそう。
「折角どうにかなるかと思ったのに、全然電源入らないんだもの、頭にきたわ」
緒方さんは瞳を瞬かせながら肯いている。
「そっちもそうだったんですね。私も電源は入れててマナーモードだったはずなのに、全然動かないんですもん。あれにはがっかりしました」
安藤君が驚きながら口を開く。
「緒方もそうだったのか? こっちも同じ様にサイレントとかのマナーモードにしてたはずが誰も操作できないんだもんな」
笹原君も落ち込んだ様子で肯いた。
「そうだったよな……あれには本当に落ち込んだ」
村沢君は苦笑しつつ肯いている。
「兎に角マナーモードにしてたはずが電源が切れてるんだもんな。どうやっても電源が入らなくて真っ暗のままで……」
清水さんが重く溜め息を吐きながら呆れたように肯いていた。
「解体したらとかって言ってた人もいたけど、道具が無いから無理だったしね……」
酒井君が呆れながら話し出す。
「解体ってな……精密機械は下手に素人が弄ると終わりだぞ」
長谷部さんも肯く。
「そうよね……そもそも専門家も居ない状態でどうなるって所だし。そもそも充電もこっちじゃ無理だったろうし、この世界では使えないのは確かよね」
設楽君も大きく肯きながらため息を吐いた。
「そうですね。Wi-Fiもありませんし、中継局もありませんし……」
皆は顔を見合わせて苦笑する。
それはもっともで、私もスマホを見てもどうにもならなかったのがかなり堪えたのを思い出す。
そう、あれでここが何処なのかと、本当に怖くなったのだ。
あの光が原因だろうかとは後で思った事で、当時は分からなかった。
今は世界と世界を超える時に壊れてしまったのだろうと、皆で予想し合っている。
その光が原因なのか、世界と世界を超えると機械は壊れてしまうのかは分からないけれど、どちらかが原因なのか、両方なのかとは思っている状態だ。
「さて、話の続きを良いか?」
氷川先輩の言葉に皆が気を引き締めだし、肯いた。
「もう周りが暗くなってきているのに連絡手段が何もないと分かって教師達が慌てだし、それが生徒に伝染しだした頃だ。突然魔物の襲撃を受けたのは――――」
重い氷川先輩の声が響き、皆の表情が凍り付いたのをもっともだと思いながら、あの時を思い起こしていた。
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