第74話

「瑠那ちゃん、どうしたの? 僕の事、分からない?」


 どこか不気味に嗤いながらも心配そうにしつつ近付こうとする彼に、どう反応したら良いのか分からず混乱気味の私は、どう彼に返したら良いのかもまるで分らなかった。


 ――――彼の嬉しそうな、暗い歓喜に彩られた顔が脳裏を過る。

 私には理解できない事だった。

 誰かが傷ついていて、それを楽しいと思う感性が私には全く無い。

 だから格闘技関連の映像も苦手で、観戦したいと思った事さえ微塵もないのだ。


 ……これが理由、なのだろうか?

 南野君が彼を標的にしたのは、この彼の性質を知っていたから……?


 ――――けれど疎外されたから彼がこうなってしまった可能性はないのだろうか……? 


 南野君に理由を問いただしても私に詳しく説明してくれた事もないのだ。

 何故かいつも口を濁していた。

 それは理由を言えないから…理由がないから、では決してないのは分かっていたけれど。

 目が泳いでいる訳でもなく、嫌な顔をするでもなく…苦悩した表情を思い出せるからだ。

 私には言ってはいけない、そう何故か南野君は硬く思っていた様だったし、瑞貴や氷川先輩、藤原君も同様だったと思う。


 南野君以外の三人まで何故か彼を敵視まではいかずとも、嫌悪、はしていたのだと今なら分かる。


 誰かが不当な扱いをされるのは見過ごせないと強く思う。

 理由があったとしても納得できるかと言えば難しく、私はどうしようもない人間だと分かっている。


 そう、どんな理由があったとしても…誰かが酷い目に遭うのは嫌なのだ。

 酷い目に遭わされた被害者が、加害者に復讐するのも痛々しいと思ってしまう。

 被害者を大切に思っている人の加害者に対する憎しみも分かる、分かるけれど……

 それでは憎しみの連鎖にしかならない気がするのだ。

 けれどならば被害者や被害者を大切に思っている人の気持ちはどうなる、そう言われれば確かにそうで、自分が良いからと言って万人がそうである訳もないのに……


 私が悶々と悩んだりしていて反応できずにいると、氷川先輩が私の前に立ち塞がり、彼、不破ふわ けん君を私に近付けない様にしている事に気が付いた。

 藤原君も私を引き寄せ険しい顔で彼を見ているから、不破君を警戒しているのがありありと分かってしまう。


「……――――ありがとう、不破君。大丈夫だよ」


 私はどうにかこうにか声を絞り出して返答する。

 それをどう思ったのか、まだ何か言いたそうな不破君。


「不破、今は後にしてくれ。これからどうするか考えなくてはいけない」


 魁がそう言って私と藤原君に目配せして先に行くよう促す。


「あ、氷川先輩、戻ったんですね。生き残りはこれで全部じゃないかと蛇神様が」


 中村先輩が声をかけてくる。

 それに氷川先輩は肯きながらも歩みを止めない。


「それも分かるのか? 生き残りは何人だ?」


 氷川先輩と藤原君に挟まれながら私は皆の所に向かう。


「キュ」


 何故か玻璃まで不破君を見て警戒している。


「大丈夫、行こう」


 玻璃にそう言いながら歩く私の後ろから、不破君も付いてきているのは確認した。

 暗くて表情は良く見えないけれど、嗤っている様な雰囲気がある。


 不破君とは南野君や瑞貴と同じ幼稚園で、それから学校もずっと同じだった。

 けれど同じクラスになった事は一度もなく、瑞貴や南野君よりも遠い存在。

 瑞貴や魁、藤原君が近付けさせなかったのも大きいと思う。

 藤原君とは同じクラスになってばかりだから、初等部から仲が良い点と思う。

 瑞貴や魁は言わずもがなだ。

 そんな三人と南野君が嫌がるものだから、必然的に私は不破君の事を良くは知らない。

 覚えているのは幼稚園の時、南野君のグループに虐められていた事だけだ。


 初等部に上がってからは…不破君についてあまり良い噂を聞かなかったと思い出す。

 笑いながら楽しそうに小動物を殺したり傷つけていた、というもので、真偽も分からず聞き流していたが、あれは、本当の事、だったのだろうか……?


 不破君は女性と見まごうばかりの女顔で、その上線も細く、背も小さい。

 一見すると少女にしか見えない容姿の持ち主だ。


 そんな彼が楽しそうに生き物を傷つけるとは思えない、そう言っていた人もいるけれど、あいつは不気味だから何を考えているか分からないと言っていた人もいるという話は…耳に入ってはいた。


 私にはそもそもが何かを傷つけて楽しむというのが全くないので、困惑するだけで流していたのも確かだ。

 噂は噂でしかなく、正しいのかそうでないのかは判断できなかったから。


 火のない所に煙は立たぬとはいうけれど、瑞貴に言わせると、何もなくても火をおこしてモクモクと煙を周りに振りまく奴もいると言っていたのもあったから、不破君と普通に会話したかったけれど、私の大切な人達が露骨なまでに嫌な顔をするものだから、会えば挨拶はするけれど…格段親しかった訳ではないのだ。


 皆が嫌がっても何か会話していたら、今の様に不破君は嗤わなかったのではないか……?

 そう思えてしまって、私は鬱々となるのを止められなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る