第76話

 この国には…暗黙の了解的なものなのだが、見ず知らずの人の能力を知ろうとすることは禁忌事項に近い。

 ある程度親しくても、珍しい能力であればあるほど聞かない方が良い話題なのだ。


 神から与えられた特別なモノである、というのはこの大陸以外でも同じらしいけれど、兎に角能力というモノはみだりに明かすという代物ではない。

 それはこの世界の共通認識だという。


 ――――だからこそ、能力を見ず知らずの人や親しくない人に自分から話す人物は……異常だと見做される。


 皆から忌避されるし真っ当な扱いはしてもらえない。

 それを敢えて行っているというのなら、それは何か含む所があるという事。


 だからこそ誰もが自慢げかそうでないかは置いておいて、自らの能力を開けっ広げに教える人物に対しては警戒するのが当たり前。


 とはいえ国が一元に管理していて、基本的に珍しい能力持ちは国や神殿に仕えているのが常ではある。

 ただ自分から能力の開示をするのは……


 そう、国が管理している関係上、機密事項扱いだからでもあるのだが……

 であるが故に、これは非常にまずいのだ。


「緒方の能力は? 魔法の属性でも良いが。精霊の位階までとは言わんよ」


 藤原君が苦笑しながら質問に質問で返しているのだが……

 黙らず話している時点でこの世界では『偉いな……』という認識だ。


 緒方さんは気にしていないというよりも気が付いてさえいない、かもしれない。

 そう見える。

 藤原君の表情が…クラスメイトに向けるというのには珍しく厳しいだろう部類のモノだという事にも。


 彼女の無邪気な様子からだろう、もしかしてと私は咄嗟に閃いてしまったのだ。

 それは大変よろしくない、出来得るならば外れていて欲しい事。


 彼女がこちらの世界の常識を…あまり知らないのかもしれないという考えが降りてきてしまい、そうであろうとある意味確信めいても思ってしまった結果、私は慌てて口を開いた。

 どうにか焦る内面があまり表に出ない様にしながら。

 それでも必死に緒方さんに伝わる様に祈ながら。


「緒方さん、あの、こちらでは相手の能力を訊くという行為が疎まれる傾向にあるの。例外は身分が高い人が低い人に訊く事で、それは全然問題ないとされている。もしこちらが能力を訊ねた人が特に珍しい、希少な能力の人だったりだと王族、貴族で無いのなら異常者扱いされるてしまうという事は、ええと分かって、いる……? あの学校で礼儀知らずは後々まで響くと思うから、その……」


 一生懸命言葉にしたが、中々上手くいかない。

 非常に拙いなんてものじゃない位には大変な事態なのだが……


「後々までっていうか、一生、もしかしたら子供の代、孫の代までってレベルだと思うよ。あの学校の場合」


 鈴木君が重々しく言葉を足してくれて本当に感謝だ。

 そう、あの学校出身者はエリート。

 だからだろうけれど、代々の名門出ばかり。

 その影響で本当に長く響く。

 子々孫々レベルで……


「…………マジで……?」


 長い沈黙の後、恐る恐るそれだけ口にした緒方さんは、目に見えて落ち込みだした、ように見えた。

 ……彼女の様子から落ち込むだけでは済まない事態かもしれないと思い至る。

 これは……


「既にやらかした後か」


 藤原君がため息と共に告げた言葉に、緒方さんはびくっと反応した、気がした。

 ……どうにも最悪を予想した方が良い気がしてきて絶え間ない頭痛が襲っている。


「誰に能力を聞いたの?」


 中村先輩が眉間をもみながら訊ねる。

 全員極力表に出してはいないが、どうしたものかと内面激しい嵐なのは感じ取りたくは無くても感じ取れてしまう。


「えーっと、ですね……ロバートと、先輩の…………」


 緒方さんは顔面蒼白になりながらそれ以上の言葉が出てこない。

 ……最悪が当たった気配を感じ、眩暈も追加されている。


「――――もしかして、あの…………トリスタン、殿下……に……?」


 一番の最悪中の最悪に心当たりが遭ってしまった結果、私がどうにか…それでも勇気を絞り出し絞り出ししながらも恐る恐る口にした言葉に、見事にポキッと妙な音を立てて固まる緒方さん。


「――――…………おい? この国の第三王子殿下にか!?」


 全員が固まって動かない中、それまで沈黙していた日向先輩が血相を変えた。

 私も頭を抱えたい。

 本当に、最悪中の最悪を引き当ててしまった……


 全員の心情を言い当てるのならば、『何故よりによって』

 これ以外に無いだろう。


 王族という存在に遭遇した事が無いからだなどというのは一切言い訳にも何もならないのだ。

 あの学校に居る時点で最低限の常識はあるのだと言うのが固定概念であり、そう決まってしまってもいるし、そう世間も国も認識している。

 これ以上は無い程決まっている上に認識してまでいるのだ。


 ――――暗黙の了解も理解しているものと判断されてしまう。


 だから、そう、だからだ。

 これはもう底の底。

 知っていて当たり前。


 ……トリスタンに……彼に、この国の第三王子殿下に、能力を訊くというのは最大の地雷。

 ――――この国においては。

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