第77話
大きく息を吐いた氷川先輩が、重すぎない様に口調と声音を調節しながら、それでも緊迫した様子が隠しきれずに話し出した。
「殿下は何か仰っていたか?」
緒方さんは頭を抱えながら記憶を探っている様だった。
どうにもやはり顔色は悪い。
……けれど何故だろう、違和感を感じる。
「一瞬顔が強張った気がしたけど、何も言わずに行っちゃった、と思う」
日向先輩が大きくため息を吐いた。
「取り敢えず、『行っちゃった』とは今後言うなよ。常に学校の連中全員に対してだ。『御行きあそばした』って言っておけばまあ大丈夫だろ」
鈴木君が不審そうな眼差しを隠しもせずに日向先輩を見ている。
「うわー。日向先輩からお嬢様言葉が出てくると不気味ですね。ちゃんとした言葉使いもしようと思えばできるのは流石名門の跡継ぎって感じです」
日向先輩に即座にヘッドバンキングされてしまう鈴木君。
何だかいつもの光景に皆苦笑がもれている中、緒方さんは顔を白黒させてビックリしている様だった。
「悪かったな、跡継ぎで。俺もどうして跡継ぎか分からなかったけどな」
それを聴いて皆目を瞠る。
日向先輩がとある一族の跡継ぎであることは知っていたし、それに違和感を抱いた事も無かった。
だから理由を当の本人である日向先輩が分かっていなかったことに驚いてしまう。
「初耳です……ああ、俺もそう言えばどうして自分が跡継ぎか知らなかったですね。産まれた時に決まっていたのでそういうものだと」
藤原君が感慨深そうに肯いているのを見て、日向先輩は鈴木君から手を離して藤原君、中村先輩、設楽君、鈴木君、そして氷川先輩と私へと視線を移す。
「お前らはどうなんだよ? 今までなんか聞きずらかったけどさ、こっちの世界に来て能力に目覚めてからは、俺が跡継ぎってんで納得した訳だけど……――――だから、どうしても元の世界に帰りたいんだ。跡継ぎが跡を継がずに死んだ場合一族がどうなるかっていう事は知ってるからよ……どうしても帰りたいんだ。帰らなきゃいけないんだよ……!」
思わずだったのだろう。
叫ぶように言い切った日向先輩は、直後にばつが悪そうな表情になって頭を掻きながら早口でまくし立てた。
「悪い悪い。つい。気にすんな。まずは緒方の事だよな。トリスタン殿下について何も聞いていなかったってのは、アレか、ハブられてんのか緒方。確かにその言葉遣いじゃな。容姿もこの国の人間とは思われない。ってのに何やってんだ。馴染む努力しろ。この国の連中は基本的にアルターリアーに住んでるのなら、アルターリアーの流儀に習ったことしない奴に冷たいぞ。他国の流儀をさも当然にしてたら嫌煙される。この国の文化や習慣を守ろうとしないで自分流を貫くならそりゃ侵略だ。文化のな。俺もそう思うし、当然この国の住人もそう思う。だから実力で排除、否、この国の過激派な連中に目を付けられたら駆除されるぞ」
緒方さんは目を白黒させて驚いていた、ように見えるけれど、やはり違和感が消えない。
「……そういうものなの? どうして相手にしてくれないか分からなくて……私、普通にしてたと思うんだけど……」
困惑しているらしい緒方さんに、鈴木君がため息を吐いてから怒気も露わに言葉を紡ぐ。
「普通にしてたらダメだろ。ちゃんと周り見て合わせてたか? 分からない事は訊いてたか? 勝手に自己解釈して生活してたんじゃないか? あとちゃんと分かってるのか? この国、この世界はガッツリ身分社会だ。王族が居て貴族が居て准男爵、騎士爵って続くんだぞ。従族だって仕える身分によって気を付けないといけないんだ。不敬罪は重罪だぞ。緒方の言動でどうして今まで無事だったのか本当に分からない。あの口調でいたら誰かに不敬罪で訴えられていないのが不思議で仕方がないよ。緒方の身分は平民なんだぞ。学校でも騎士爵の身分持ちに緒方の普通で普通に話かけたら牢屋にぶち込まれるんだよ。生徒が訴えなくても見てたら職員が当たり前に通報する。特にな、緒方のトリスタン殿下に対する言動はだ、王室反逆罪に問われるレベルなんだよ。一族郎党御仕舞レベル。友人だってだけでも危ない。俺達も仲間だって思われたら怖いなんてもんじゃない。本当に分かってるのか?」
緒方さんは本当に自覚が無かったのだろう、目に涙が浮かんできていた。
浮かんでいるのだが……本当に自覚が無かったのか不思議に思ってしまう。
私は緒方さんの何が一体気になるの……?
「……私……一杯一杯で……周りを見る余裕なんて無くて……兎に角普通にって……」
藤原君もため息を吐いて緒方さんを鋭く見た。
「その”普通”は元の世界のモノだろう。こちらの世界では”異常”だと認識されたんだ。自分にとっての常識は、他人にとっては当たり前ではないというのも分からなかったのか? 公序良俗も元の世界でさえ国によって違っただろうに。ましてや此処は別の世界だ。推して知るべしだろう」
設楽君もオロオロとしていたけれど、難しい顔で口を開く。
「緒方さん。伺いたいのですが、例えばです。例えばですが、貴方は元の世界の英国の王子殿下に対しても、この国のトリスタン殿下と同様の態度を取るんですか?」
それを聴いて、鈴木君が皮肉気に嗤った。
「その態度を取れればだけどね」
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