第82話

「幼稚園、保育園からあの学校に通う者しか、生徒会に入れない事には理由があるの」


 なるべく静かな、落ち着いた声を心掛けた。

 元の世界で通っていた学校においての生徒会。

 それが何故あれ程の待遇を受けていたのか。

 ……何も知らない生徒たちには一切知らされてはいない事。

 知っている者達は逆に決して知らせてはいけないという掟。


「生徒会のメンバーが初等部から高等部まで一切変わらないのは――――彼等、彼女達がだから」


 首を傾げる皆の中、森崎先輩と奥村さんの様子が気にかかる。


 森崎先輩については…真理から聞いた話との符号から余計に注意を払う。

 ……能力を隠している可能性が高いからこそ油断できないし、するつもりも全くない。


 奥村さんに違和感を感じる理由。

 それが分からず困惑。


「何が特別なのか? それは”家”であり”一族”に加えて勿論その”本人”も」


 一旦言葉を切る。

 首を傾げているのが誰か、表情に変化の無い者が誰なのかをしっかり記憶。


「では…何をもって"特別"と定義しているのか? その答えは簡単。"特別な力"を持つ"家"と"一族"だから。中でも生徒会に入る者達はその"特別な家"、"特別な一族"の中でもより"優れた存在"だから」


 断言するような声音を心掛ける。

 更に疑問を抱かず納得するよう皆を真理が操作。


 その際に彼女にある事を頼んだのだが、それが無事に皆へと施されたのを確認。


 ――――以前は仲間だと思っていた皆に、何の躊躇もなく出来る事に内心自分を心底嘲笑う。

 醜悪にもほどがあるだろう。


 それでも選択できた。

 これからも迷う事は無いと断言出来てしまう。


 私は私の願いの為に、エゴの為に何でもする。

 自分で決断したことだ。

 後悔などは微塵も無い。

 ただ……自分がここまで悍ましいとは思わなかったけれど。


 だが考えてみれば当然だった事を思い出す。

 私の一族はが出来るからこそ、未だに絶えず命を繋いでいるのだから。


「そもそもあの学校が創られた理由。それは――――"異能"を持つ子供達を集めておく為」


 部屋中へと静かに視線を向ける。

 私の話が皆にたっぷりと染み込んだのを確認。


 ここに居る皆がどういう立場だったのかを話すという行為が、思いの外私にダメージを与えている事に心の中で嗤った。

 そんな資格も自ら廃棄したのに。


「"異能"を持つとされた定義は、現在発現している人ばかりではなかった。いずれ目覚めると予測された人も。そして"異能"とされた力は、いわゆる"霊感"と呼ばれるモノも含まれていた」


 "霊感"も"異能"なのかという怪訝そうな表情の皆を見渡しながら続ける。

 何故彼等、彼女達があの学校に通う事になったのか。

 一生知らないで済む可能性もあった事実を。


「集められた中にはまったく"霊感"と呼ばれる力を持っていない存在もいたの。何故なら"霊感"が皆無の存在はとてもとても珍しいから。いわゆるサンプルとして集められていた。サンプルの一例としては、俗に"直感"と呼ばれる力さえ微塵も無い人間も蒐集されたのよ」


 ……私の弟のように。

 そう内心独りごちる。

 あの子が産まれた結果として、私の一族はのだ。

 お蔭で瑞貴と出逢ったのだから本当に世の中は分からない。


 思考を反らしているのは否めなかった。

 私は……本当は知っていたのだから。

 ただ考える事を放棄して、見て見ぬ振りをしたも同然だった。

 いずれ帰るのだからと、元の世界で自らの生きる領域のルールを遵守したのだ。


 ”魔力”と呼ばれるモノが無いと、この世界で断言された人達は――――


「……一つ良いか、如月」


 無表情になった日向先輩が片手を挙げた。

 普段声も顔も動作さえ表情が豊かな日向先輩が、まるで別人のように感情を抑えているのが分かる。


「何でしょうか」


 私も感情を排除した声を出す。

 日向先輩が、兄弟姉妹達からどういう扱いを受けていたのかを知っていたからこそ、極力何も含まないよう心掛けた。

 平静でいようと必死だというのが伝わってきてしまうから、余計に。

 こういう事実を知った場合の日向先輩が何を言うのかという予測も、立ててはいた。

 先程の反応からもやはり間違いはなさそうだとも。


「何故、兄弟姉妹で俺だけが……あの学校に入学するのを強制されたのか、その理由を知ってるのか?」


 一つ確かに肯いた。


「……頼む、如月。教えてくれないか?」


 立ち上がって私の前へとやってきた日向先輩が、深く深く頭を下げる。


「後でお一人の時の方が良いのではないでしょうか?」


 日向先輩の一族の多くは真実を知らなかった。

 それがもたらす結果を良く知っている。

 何も知らないという事が、無知が引き起こす地獄が懐かしい。

 血の海に沈めた諸々を、また心の奥へとしっかりと深く閉じ込めた。

 完全に浮上してきて罪悪感で壊れる前に。


「だな。わりぃ」


 頭を掻きながら感情のまだ戻らぬ声音と表情で…作られた笑みを浮かべたまま日向先輩は元の席へと戻って行った。

 それを静かに目で追う。

 大きな体が今は小さく見える事に痛ましいなどと思ってはいけない。

 それは日向先輩に失礼だ。


 一つ大きく息を吐いて、心のあげた悲鳴を見えないように投げ捨てた。

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