残されたモノは……
卯月白華
プロローグ
素早くクロスボウをかまえ、標的に向け、矢を放つ。
「ギャン」
一声啼いて、角兎は沈黙した。
ホッと息を吐き、苦い表情になるのと、飲み込むのにとても苦痛を感じる衝動を懸命に抑えこむ。
一撃で仕留めた事には安堵する。
苦しみを長引かせるのは、趣味ではない。
あれから、もう四年。
いまだに命を奪う事にも傷つける事にもまったく慣れない。
他にも大変な事は沢山あるが、殺す事と傷つける事にはこれから先も慣れる見込みはなさそうだ。
涼しいとはいえそれでも暑い夏に吹く、一服の涼風が耳の横で一つに結んだ長い髪と羽織ったマントを揺らす。
それを合図とするかのように、剣や弓をそれぞれ持って武装し、赤褐色のレザーアーマーを装備した、成人に達したかどうかと思われる男達が三人集まってきた。
藤原君と設楽君、鈴木君だ。
「これで最後かな?」
鈴木君が不安そうに私に訊く。
鈴木君は彼等の中で一番背が低く、とある口の悪い先輩曰く地味目で取り立てて特徴の無い普通の容姿の男性である。
それに設楽君が数を確認しつつ答えた。
設楽君は色素が薄くて、背の低い私から見て背の高い、美人の先輩曰く常に柔和な笑顔で整った容姿の男性だ。
「まあ、曲角兎は依頼数を狩っていましたし、これ等は今日の晩御飯ですかね」
「 如月、どうせ狩るなら、首を折れ。その方が皮も肉も傷つけずに済む」
一番背が高く見上げる首の角度が大変な、今は逢えない友人曰く野生的に容姿が整っている美丈夫な藤原君が、真面目な顔で物騒なことを私ににアドバイスしてくれる。
「藤原君、普通は角兎を素手で捕まえるのは、無理だと思う」
思わず私がしみじみと言ったら
「そうだよ、普通の兎ならともかく」
鈴木君も深く肯き同意してくれた。
とても背が高くて、かといって脆弱な印象のない鍛えられた細く締まった肉体の、恐ろしく整ったワイルド系の美形だ。
目つきが鋭く野性的だけれど、真面目で良い人だと私は個人的に思う。
ちょっと好戦的なきらいはあるけれど。
小柄な私からはやはり背が高い印象があるが、この世界では標準位の身長で、色素は薄目な整った容姿の中性的で優しげな風貌通りの、穏和で優しい人だ。
仲間の男性の中では一番背が小さく、ちょっと暗めの地味で平凡な容姿の持ち主。
私は個人的に気安い印象を持っている。
色々目端が利いて貴重な意見を言ってくれる、とてもありがたい人。
それに彼はとても努力家なのだ。
いや、私達の仲間で努力家ではない人間はいない、と思っている。
皆、いつも自分の出来ることを精一杯している、はずだ。
身体や能力の鍛錬も欠かさない人達ばかりで、私は本当に皆を誇りに思っているし、尊敬している。
自分も頑張らなければと、彼等を見ていると思うのだ。
尤も、私には戦闘力はほぼほぼ無いに等しい。
辛うじて別の能力がある程度だ。
だからこそ、その能力を伸ばす事に必死。
あまり身体は丈夫な方ではないし、筋肉も付き辛く、体力も中々向上しないのが目下の私の悩みだ。
実は家事全般がそれなりに得意なのだが、中々機会がない。
何もしないと腕が鈍ってしまうと、こっそり暇をみて家事をやっている。
家事をしているのはそれ以外の理由もあるのだが……
ただ、邪魔にならないように気を使っているけれど、家事担当の先輩はそれでも表情で迷惑だと伝えてくる。
迷惑がられているのは申し訳ない思いだが、どうも色々目につく上それを解消しないと様々な場面で上手く回らない手前、細々と家事をしているのが現状だ。
そうしないと家の中で沢山不都合が出てくるのに加え、仕事にも支障をきたしてしまうのが本当に悩みである。
家事担当の先輩に代わり私が全て出来れば良いのだが、仕事があると出来ず、いつも手伝えない事に申し訳ない気持ちで一杯だ。
自分は足手纏いだと、常々思っている。
私達、聖東学園高等部の生徒は、着の身着のまま、異世界に、ある日突然飛ばされた。
それから四年。
私が知る限り、現在生き残っていると確認できるのは、二十三人。
内、皆を養えるほど働く事が出来るのは、八人だけ。
一人は皆の世話をしている事が多く、その彼女を除いた七人で冒険者をしている。
あの日、唐突に森の中に放り出された。
食べ物もない。
ここが何処かもわからない。
気が付いたら、あっという間に暗闇に包まれていた。
――――そして、魔物の襲撃を受けたのだ。
あれから生き残った意思疎通可能な皆で、何もかも手探りで生きている。
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