第72話

 辺りを手当たり次第に見て回り、生きている人を探して歩く。

 ほとんど肉の塊の様になって虫の息の人や、横になって破かれた服や白い体液もそのままに虚空をただ見続ける人等を見つける度、気分は暗く沈んでいくのを止められない。

 一つの場所に集めた方が良いと言う魁の言葉に従って連れて行きたいけれど、治しても自発的に動けない人達ばかりだった。


 私は身体は治せても、心は治す事が出来ない……

 その事に自分の無力さを見せつけられたけれど、出来る事をするしかないのだと言い聞かせるしか出来なかった。


 見つけた人の所で蛇神様を呼ぶと、蛇神様が汚れていない綺麗な場所に皆を集めて、結界? だろうを張ってくれる事になっていたから、私達は人を見付けて治療する。

 怪物に襲われたら藤原君が対処、という風に歩いて回った。


 周りの酸鼻を極める光景に吐きそうになる。

 だが、それでは動けなくなってしまう。

 きっと心も折れて…何も出来なくなる。


 そう思ったから、震える体に喝を入れ、頬を叩いて気持ちを何とか奮い立たせ、どうにか歩き続けた。


 藤原君が居てくれた事も間違いなく大きかった。

 表情を歪めるでもなく冷静に対処する藤原君に安心感を覚えたのも当然だろう。



 怪物に注意しながらかなり奥まった所を探索し終わり、そろそろ皆の所に戻ろうかと反転した時、唐突に足元に白い毛玉が纏わりついてきた。


「……え?」


 その白い毛玉は心細そうに一声鳴いて、うずくまる。


「キュ」


 藤原君も気が付いたらしく、不信そうにその白い毛玉を見詰める。


「――――なんだ? 如月、気をつけろ」


 そう言って警戒する藤原君だが、私にはこの毛玉さんが…どうしてここにいるのか分からなくて混乱している何かの赤ちゃんに見えてしまっていた。

 本能的にこの子は危険ではないと思ったのも手伝って、抱き上げる。


「如月! 大丈夫か!?」


 藤原君は顔を顰めているのを見ると申し訳ないのだけれど、泣いている様にも見えるこの子を放っておけない。


「藤原君、この子、悪い存在には見えないわ。混乱して泣いている何かの赤ちゃんだと思うの」


 藤原君はため息を吐きながら頭を掻く。


「如月はそう言うがな……顔も分からんような毛玉だぞ? 突然噛まれでもしたらどうする」


 藤原君の言う通り、白い毛玉なのだ。

 顔も体も分からない。

 兎に角白い毛玉でしかない物体だ。

 彼の危惧も分かるのだが、やはり私にはどうして良いか分からずに泣いている赤ちゃんにしか思えず、手荒に扱えない。


「ねえ、貴方、名前はあるの? どう呼んだら良いかな……?」


 白い毛玉がモジモジしている様に震えた後、か細く鳴いた。


「キュー」


 どうやら名前は無いらしい。

 どうにも放っておけず、何とかしたいと思ってしまった。


「藤原君。この子、ここに置いていたらまたあの怪物みたいなのに襲われて死んでしまうかもしれないわ。連れて行っても良い、かな……?」


 藤原君は大きくため息を吐く。


「……如月、お前が優しいのは知っているけどな、何も訳の分からない毛玉にまで向けなくても……それにどうするんだ? 連れて行っても害になる可能性もあるんだぞ?」


 自分では優しいとは思った事はないけれど、確かに害なるとそう言われればそうなのだが……

 けれども私は身勝手にも放っておけないと思ってしまっている。


「私が責任を持つわ。それに蛇神様に確認して頂いたら危険かどうかは分かるかもしれないと思うのだけれど……」


 藤原君は苦笑した。


「仕方がないな……俺も何かあったら協力する。それと蛇神様に訊くのはな……」


 私は瞳を瞬かせる。


「藤原君は蛇神様、信用できない、感じ…なのかな……?」


 私にはあの蛇神様は悪い存在にはとても見えなかった。

 むしろ蛇神様は私達といてどこか安堵を覚えてさえいる様にも見えていたから。

 そう、人と一緒にいるのが嬉しい、というか、守らなければと決意しているというか……受け入れてくれるか不安だ、みたいな印象。

 個人的に何故かそう思うだけなので、根拠としては果てしなく弱いのは自覚している。

 だから藤原君が信用できないというのなら、それはそれで仕方がないと思うのだ。


「……まあ、悪い印象は無いんだけどな……どうしてか、こう、神とかいうのに抵抗感があるというだけだ。そんな理由だから如月が気にする必要はない。まだ頭が混乱しているのも一因の気がするしな」


 藤原君が頭に手をやり息を吐きつつ告げる言葉に肯いた。

 瑞貴も良く”神”という存在を警戒していたから納得できる。


「答えてくれてありがとう、藤原君。私の場合の個人的な意見としては、蛇神様、不安そうにしていたと思うよ。私達に受け入れてもらえるかどうかとか、守れるかも不安がっていたかもしれないと思う。そういう印象を受けたから、私は信じようと思ったの」


 藤原君は苦笑しつつ白い毛玉を見る。


「分かったよ、如月。如月の好きにしたら良い。ただ、まあ、俺は俺で警戒はしておくかな。これは俺の趣味みたいなものだから、気にしないでくれ」


 そう言ってから私を見つつ不思議そうにした。


「しかしこの毛玉、どこから声を出しているんだろうな?」


「私も不思議で……名前を付けたら分かるかしら……?」


 そう告げて白い毛玉を顔の前に持っていく。


「キュ」


 フルフル震える白い毛玉。

 どうやら名前を付けて欲しいらしいのは分かった。


「名前、名前か……うん、”玻璃”というのはどうかな……?」


 白い毛玉さんに声をかけてみた。

 顔の前まで持ってきて良く見ると、白銀の毛玉さんであるのが分かったのだ。

 ガラス繊維みたいにキラキラとしているから、玻璃というのは良いと思うのだが、どうなのだろう……?


「キュー、キュキュ」


 どうやら喜んでいるらしい白い、改め白銀の毛玉さん。

 その白銀の毛玉さんはプルプルと震えたかと思うと、真っ白い光を放って発光し始めるものだから、私と藤原君はまぶしさに顔をしかめながら顔を見合わせる事しか出来なかった。

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