第70話


「……魁? 大丈夫? ケガは? 痛いところは無い?」


 咄嗟だった。

 全身が血まみれだった魁を見て、傷ついているのかと怖くて不安で心配になり、藤原君の元から魁に急いで駆け寄った。


「――――大丈夫だ。瑠那は?」


 私に伸ばした手を唐突に引っ込めた魁は、心配そうに私を見る。


「大丈夫。どこもケガはないよ。藤原君に助けてもらっていたから。それに私がケガは自分で治せるの知っているでしょう?」


 魁は肯き、そこで藤原君を見た。


「そうか――――藤原、なのか?」


 藤原君は立ち上がり、魁と私の所まで歩いてきた。


「はい。先輩、助けて頂いてありがとうございました」


 魁は藤原君を見て目を眇める。


「藤原、何か特別な力を持っているのか?」


 唐突に聞かれて藤原君は瞳を瞬かせる。


「……いえ。俺は普通の人間です。そんな特別な力なんて無いですよ」


 それを聞いても魁は難しい顔をして藤原君を見詰める。


「だが、あの怪物を一瞬で吹き飛ばして倒しただろう?」


 藤原君と私は顔を見合わせてしまう。

 それから驚愕の表情で魁を見る藤原君。

 私も同様の表情になっていただろう。

 てっきり魁だと思っていたのだから。


「……あれは、藤原君が……?」


 そう、上半身が吹き飛んでいた怪物。

 あれをやったのは藤原君だったのだろうかと彼を見る。


「……――――え? あれ、俺なんですか……?」


 恐る恐る訊ねる藤原君に魁は肯きながら口を開いた。


「私でないのなら君だと思ったのだが……」


 藤原君はまだ信じられない様に目を瞬かせている。


「瑠那、少し聞きたい事があるんだが、良いか?」


 突然深刻そうな表情になって私を見詰める魁を、首を傾げながらも見詰め返す。


「ええ。それは構いませんが……」


 私が敬語になったとたん、魁の瞳が揺れた気がした。

 その事に心を痛めたけれど、それでもこれが魁にとっての最善なのだからと言い聞かせる。


「力が最初は思うように使えなかった。今なら使えるが、それでも通常の状態より格段に能力の低下があるのは否めない。瑠那はそういう事はなかったか?」


 か、氷川先輩の言葉に首を傾げる。

 藤原君を治そうとした時も、特に変化はなかった。

 いつも通りだった、と思うのだが……

 ああ、でも、思い当たる節がある。


「違和感は感じました。力を使ったときに、上手く言えませんが、自分の力が普通の状態ではない様な……ごめんなさい。どう言ったら良いのかが分からなくて……」


 そう、言葉にするのがとても難しい。

 違和感と言われればそれまでだが、確かに何かが違ったのは確かだ。


「……そうか……使いずらい、というのは無かったんだな?」


 そう魁に言われて、あの違和感の正体が分かった。


「そう、それです! 使いずらかったのだと思います。上手に息が出来ない様な……」


 魁は私の言葉に肯きつつ答えてくれた。


「瑠那もか……だが、力は使えたんだな?」


 それには直ぐに肯ける。


「はい。それは大丈夫でした」


 魁は難しい表情になってから息を吐く。


「藤原、力は自由に使えそうか?」


 藤原君は悩みだしたが、それでも考えを口にする。


「――――分からないです。さっきのが自分の力とはまだ到底思えないですし……」


 魁はどこか突き放すような表情で私を見ながら話し出す。


「藤原、さっきはどういう風に思った? 瑠那を庇っただろう? その時だ」


 藤原君も私を見詰めた。

 とても静かに。

 でも何か焦燥感を抱いている様に感じ取れた。

 その時だ。

 私と藤原君を包む何か透明な壁が出来たのが分かった。


 それを唐突に魁が殴った。

 だが、透明な壁はびくともしない。

 むしろ魁の手が傷ついてしまっている。


「見せて! 直ぐ治すから……」


 私は即座に魁に近付こうとしたのに、壁に阻まれて近付けない。


「――――藤原君、この壁って消せる……?」


 恐る恐る聞いてみると、藤原君は戸惑っていた。


「……ああ、えっと、どうしたら消えるんだ……? あ、そうか、消えろと思えば良いのか」


 藤原君が肯いた瞬間、壁が唐突に消える。

 壁が消えたのを確認次第、魁の腕をとって急ぎ治療した。


「どうして殴ったりしたの……? 痛いでしょうに……」


 私の言葉に魁は苦笑する。


「瑠那は本当に私を恐れないな……手は血まみれだ。ケガをしたのがどうして分かった?」


 そう言われればそうなのだが……

 肘まで真っ赤な血に染まった魁の手の、傷ついていた個所を見詰めた。


「でも分かったもの。魁が今ケガをしたって……」


 何故かは分からないが、ケガをしたとすぐに分かったのだ。

 だから気が気ではなかった。

 ……瑞貴ももしかしたら怪我をしているのではないかと不安になる。

 もし命に関わるものだったら――――


「単に私は確かめただけだ。あの壁の強度を」


 そう言ってから魁は藤原君を見る。

 私も思考をどうにか今いる状況へと戻す事に成功した。

 現在側に居ないからこそ気が狂わんばかりに案じてしまう。

 けれど私が生き延びなければ再会さえできない。

 言い聞かせて言い聞かせて…二人の話を注視する。


「藤原、瑠那を頼む。私はこれからあの怪物の駆除に向かう」


 突然言われた言葉に、藤原君も私も顔を見合わせ、瞳を瞬かせるしか出来なかった。

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