俺は平和な日常がほしい

ムーンゆづる

第1話 波乱の幕開け

「この机組み立てたら最後だね」

 

 桜華が机の脚を裏返した天板に付けながら、終わっている家具を見て言う。


「引っ越し作業、手伝ってくれてありがとうな」

 夕璃は空のダンボールを潰しながら桜華にお礼を述べる。

 

 赤井夕璃あかいゆうり――高身長で茶色の短髪、キリッとした顔立ちの十八歳作家。

 

 春咲桜華はるさきさくら――小柄で胸辺りまである金髪をポニーテールにして頬がぷっくりとしていて幼い顔立ちの十八歳大学生。

 

 この春、夕璃は親から独り立ちの許可をもらい、都内の三階建てマンションの二階の2LDKの部屋に引っ越した。

 

 だが引っ越したはいいものの、一人で作業するのは辛かった。


 そのため夕璃は恩人でもあり、高校からの友達の桜華に引っ越しの手伝いを頼んだ。

 

 夕璃は今年の一月に作家デビューを果たし、七月に待望の第一巻が発売される予定だ。


 一月にデビューしたもの、学業が終わるまでは本格的な活動はしていなかった。

 同期では既に書籍化している作家もいる。 

 

 執筆活動に専念するため大学には通わなかった。

 

 桜華が組み立て終わった最後の机を夕璃が自室に運び、引っ越し作業の前半が終了する。

 

 時刻は十二時ちょうど。


「ダンボールから荷物を取り出す作業は自分でできるから大丈夫だよ。手伝ってくれてありがとな」

「さくらが夕璃の手伝いをするのは今に始まったことじゃないでしょ」

 

 桜華は張った体を伸ばして額の汗をタオルで拭きながら笑顔で答える。


「そうだな。もう三年くらい桜華の世話になりっぱなしだよな」

 夕璃には桜華に対して数え切れないほど世話になっており、恩が山ほどある。


「また今度引っ越し祝いをしに行くから」

 そう言って桜華は手を振って夕璃の家を出ていった。

 

 二人は高校時代からの友達という単純な関係だが、それぞれが抱えている想いや内情は複雑だった。


 

 夕璃が山積みのダンボールから雑貨や本などの物を取り出し、最後の引っ越し作業が終わった。

 

 ようやく一段落できると思った矢先に一本の電話が入った。

 電話主は夕璃の担当編集者、成野芹那なりのせりなだ。


「もしもし、夕璃か?」

「お疲れ様です。このあと打ち合わせがあるのにどうしたんですか?」

「打ち合わせするはずだった会議室が今イベント前で使われていてな」

 

 スマホの向こう側から微かに騒がしい音が聞こえる。


「では今日の打ち合わせは延期ですか?」

「いや、今日の打ち合わせは夕璃の家で行う!」

「はぁ?!突然すぎますよ」

「最近新しい家に引っ越したんだろ?なら引っ越し祝いも兼ねてだよ」

 

 ――どこから聞いたんだよその情報。

 

 夕璃は芹那に頭が上がらないため、受け入れるしかなかった。


「わかりましたよ。では住所送るので打ち合わせ予定時刻に来てくださいね?」

「わかった。楽しみだから今すぐ行く」

「なんで人の話を聞かないんですか!!――ってあれ?」

 

 いつの間にかに電話は切れていた。


「あの人本気で今来るつもりなのか?!」

 夕璃は芹那の強引さに呆れつつ、仕方なく住所を送った。

 

 引っ越し作業で汗をかいていたので軽くシャワーを浴び、近くのコンビニで芹那の好物や二人分の夕食を買った。

 

 これは、芹那が夕食を夕璃の家で食べるなどと無茶なことを言うのを想定したためだ。

 

 午後六時。

 

 案の定、予定時刻より一時間も早く呼び鈴が鳴った。


「あの人本気で来やがった」

 夕璃は既に疲れたかのようにドアを開ける。


「あなたっていう人は……」

「邪魔するぞ。新居ってこともあるけど結構綺麗だな」

「あなたっていう人は!!」

 

 人の話も聞かずに家に上がり込む芹那に呆れながらも怒鳴る夕璃に、芹那は機嫌を取るかのように何かがいっぱいに入ったビニール袋を渡した。


「これ、引っ越し祝いだ。早めに来たのはこれで二人っきりで食事をしながらゆっくり話をするためだ」

 

 大きめのビニール袋を受け取り中を見てみると――


「ってこれお酒じゃないですか!まだ俺十八歳ですよ!」

「独り立ちしたらみんな大人だ。それとも大人の階段を登るのが緊張するのか?大丈夫だ。みんな初めては緊張するさ。私が手取り足取り夕璃に大人の世界を教えてあ、げ、る」

「お酒のことですよね?!それに独り立ちしてもまだ未成年ですからね!」

 

 芹那はわざとワイシャツのボタンを一つ外して夕璃をからかう。

 

 成野芹那――黒に近い重みを帯びた、紫色の流れるような腰まである髪に、出るところははっきりと出ている。

 

 それでいてスレンダーな体型は世の男性を虜にしてしまうほど美しくエロい。

 

 芹那は夕璃が契約しているHG文庫では天才編集者と呼ばれていて、常にスーツを着ているため真面目に見える。

 

 だが性格は生粋のドSだ。

 

 おまけに二十代ではとてもいい体つきで、胸が大きい敏腕編集者だ。

 

 袋の中はビールだけではなく、ちゃんと夕璃のためにジュースも入っていた。

 あとは芹那が自分用にお酒のつまみを買っていた。

 

 ――この人打ち合わせをするが気あるのか?

 

 ビールとつまみを片手に打ち合わせなど聞いたこともないし芹那の場合結果が見えている。

 

 夕璃は芹那をリビングに案内し、貰ったつまみを広げる。


「引っ越し祝いだ。遠慮せず食べろよ」

「はい。ありがとうございます」

 

 夕璃と芹那は乾杯して、テーブルに広げた様々なつまみを頬張りながらしっかりと打ち合わせをこなした。

 

 だが一時間程度経過した時、芹那が酔い始めた。

 

 芹那は普段人の二倍仕事をこなしているため、酔って吹っ切れた時、人の二倍のストレスを爆発させる。

 

 過去に一度だけ芹那の晩酌に付き合った時は、危うく貞操を破られるところだった。


「大体お前ら作家はなんで締め切りを守んねぇんだよ〜!お前らのせいでこっちは仕事もストレスも増えるんだよ〜!」

「俺はまだ締め切り一度も破ったことないですけど」

 

 すると突然芹那がテーブルを叩き、勢いよく立ち上がった。


「たかが修正に一ヶ月もかけたやつが口を開くな!!」

「三桁あった修正を一ヶ月で仕上げたんですよ?!」

 

 立ち上がった芹那は夕璃の元に行き、夕璃の頭に指を指しながら

「それはお前の小説が悪いんだろ!」

「編集者が作家の意欲とメンタルを削ぐのはどうかと思うんですけど……」

「うるさいなぁ〜お前ら作家に仕事増やされてこっちは男っ気一つもないんだぞ〜」

 

 なんだか口調が柔らかくなってきたな。

 

 夕璃がそう感じた時には芹那はぶっ倒れ、夕璃の膝にダイブした。


「この人を結婚相手にするにはドMの性癖と包容力がないととても耐えきれないな」

 

 夕璃は膝の上で気持ちよく寝ている芹那の髪を耳にかける。


「寝ている時はかわいいのに……」

 気持ちよさそうに寝ている顔は、いつものクールな雰囲気を忘れさせるような純粋無垢な顔で、艶のある肌が大人の色気を醸し出している。

 

 夕璃が思わず芹那の寝顔に惹かれていると呼び鈴が鳴り響く。


「芹那さん。誰か来たみたいなので一旦どいてもらえますか?」

 芹那を膝からどかそうとするが何度話しかけても起きない。

 

 どかした時に機嫌を損ねられると厄介なので夕璃は途方に暮れていた。


「ん〜?私寝てたのか〜?」

「珍しく起きてくれましたね。ちょうど今誰か来たみたいなんで少しどいてもらえますか?」

 

 それを聞いた芹那は膝の上で深呼吸をして――


「鍵なら空いてるぞー!用があるなら入ってこい!」

 とんでもないことを口走った。

「はぁ?!なんで鍵空いてるんですか?!」

 

 思い返して見ると、芹那を家に招き入れた時鍵を閉める前にお酒とジュースを渡され、そのままリビングに来てしまったんだ。


「客なんてど〜でもいいから早く続きするぞ?」

「打ち合わせのですか?」

 

 だが芹那がこの状態では、打ち合わせなど出来るわけがない。


「お前な〜に言ってんだ?さっき私に押し倒されて初めてなので優しくしてくださいって言って――」

「どんな夢見てんだよ!」

 

 芹那の脳内で夕璃は危うく二度目の貞操を破られるところだった。


「あれは夢なのか〜。まぁ現実でもやるとするか」

 

 そう言って芹那は立ち上がり、夕璃の肩を掴み押し倒した。

 

 お酒を飲んでシャツのボタンが、いくつか外されているため、谷間があらわになっている。

 それだけではなく、頬が緩くなりエロい顔をしている。

 

 そんな芹那を見ると力が入らず、夕璃はされるがままの状態になっていた。

 

 その時、客と思われる人が芹那の言葉によって入ってきてしまった。


「普通入ってくるか?!芹那さんやばいですって――」

 

 バンっと玄関のドアが開き、早歩きでこちらに向かってくるのが音でわかる。

 

 リビングのドアが開いてしまい最後の必死な抵抗も虚しく、夕璃は襲われている場面を見られてしまった。

 

 恐る恐る入ってきた客を見るとそこには――

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