第46話 最初から全力だった

 夕璃が執筆に没頭してから二ヶ月の月日が流れた。


 久しぶりに外に出るとすっかり春模様だった。


 これから久しぶりに出版社で打ち合わせをする。


 ここのところ、芹那は遥斗のアニメ化と新しい出版社の立ち上げで多忙を極めていた。


 夕璃が出版社に到着し、会議室に入ると、そこには芹那と遥斗の姿があった。


「久しぶりだな。夕璃、少し痩せたというかやつれたんじゃないか?」


 最近は愛が朝から夕方まで学校に行っているので、夕食以外は食べないかコンビニ弁当で済ませていた。


「あんまり無茶はしない方がいいんじゃないか?」

「無茶して悪いか?俺はまだアニメ化作家じゃないから頑張らないといけないんだよ」


 遥斗の心から心配する声も、今の夕璃には届かなかった。


 不穏な空気のまま打ち合わせが始まり、小一時間程度で終わった。


 夕璃は会議室から出ていく遥斗を呼び止めた。


「これから少し俺の家で飲まないか?いろいろ話したいこともあるし」

 遥斗は少し悩んだが、断らずに夕璃の家で飲むことにした。


 途中、スーパーで適当なお酒とつまみを買って夕璃の家に到着した。


「とりあえずこれだけは言っておく、アニメ化おめでとう」

「今の君が素直に祝ってくれるとは思わなかったよ。ありがとう」


 二人は静かにグラスをぶつけ、一口お酒を嗜んだ。


「俺が怒ってるのは遥斗のアニメ化が決定したことじゃない。それを隠していたことだ」


 一月の授賞式で突然発表されたアニメ化と、その場に出席できないほど遥斗の多忙さを思い出し、夕璃はグラスを持つ力を強める。


「本当にすまない。でも離しても離しても、気がつけばすぐ隣にいる君と少しでも差をつけたかったんだ」

「どうしてそこまで?」


 遥斗の予想外の答えに夕璃から怒りという感情は消え、純粋な興味で尋ねた。


「僕の小説は間違いなく魂を込めて書いた。でもそんな僕にまだ魂から小説を書けない君が追いついているのがとても怖いんだ。もし君が魂からの叫びをありったけぶつけた小説を書いたら――って」


 夕璃は自分がまだ魂から小説を書けないことを自覚していたので反論できなかった。


「何がきっかけで魂から小説を書けるようになったんだ?」

「僕は芹那さんに出会ってから世界を変えられ、芹那さんに見てもらうためだけに小説を書いた。僕は芹那さんっていう大きな衝撃に出会えたからだと思う」


 カクが言っていた最高の小説を創りあげる方法を、遥斗は既に体験していたのだ。


 遥斗は世界を変えられるほどの衝撃に出会い、芹那への魂からの想いを小説に込めているから最高の小説を書くことができる。


「ということは遥斗と芹那さんは作家になる以前から知り合いだったのか?」

「そうだよ。まぁ酒のつまみ程度に聞いてくれよ」


 遥斗は芹那との壮絶な出会いを夕璃に話した。

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