第45話 兄離れ

 いよいよ、愛が初めて中学校に登校する日が来た。

 

 緊張した面持ちで学校指定のバッグに教科書を詰め、制服を着た。

 

 夕璃はそんな愛を見て成長を感じたと同時に、また小学校の時のようなことが起きないか不安でいた。

 

 夕璃は愛をマンションの下まで送ることにした。


「本当に一人で大丈夫か?」

「にぃには極力甘えないです。でも今までありがとうです。にぃとねぇがいたから学校に行こうと思えたです」

 

 まるで旅立ちのような言葉を言う愛に夕璃は寂しさを感じたが、愛には悟られないように笑顔で見送った。

 

 階段を上り、自分の部屋に戻るとマンションの廊下に桜華がいた。

 上から愛を見送ってくれたのだろう。


「愛ちゃんはしっかり自立してるのに肝心の兄がねぇ」

「愛の兄離れが早すぎるだけで俺が過保護なわけではないからな!」

「過保護って自覚してるじゃん」

 

 図星の夕璃はバツの悪そうな顔をしていた。


「これから一緒にご飯でも食べに行く?」

「いや、今から執筆するから遠慮しとくよ」

 

 そう言って夕璃は扉の取っ手に手をかけ、開けようとした。


「最近の夕璃は張り詰めすぎだよ。夕璃は自分のペースでいいんだよ」

 

 桜華の言葉で一瞬扉を開ける手を止めたが、そのまま何も言わずに夕璃は部屋に戻ってしまった。



 愛がマンションから出てすぐの十字路で、電柱に腰掛ける一人の男子を見つけた。


「久しぶりです。慶太」

「おっす。いよいよ初めての中学校だな。まぁバカしかいないから怖がらなくてもいいと思うぞ」

「慶太よりバカなやつはいないと思うです」

 

 愛の緊張を解き、安心させようとする慶太に愛は心の中で小さくお礼を言った。



 慶太と話しながら歩いているとすぐに学校に着いた。

 

 愛は来賓用の入口から職員室に来てくれと言われていたので校門前で慶太とは分かれた。

 

 愛は職員室に入り、中の先生達に挨拶をした。

 朝の会が始まるチャイムが鳴ると、男性の担任の先生に教室に連れて案内された。


「じゃあ呼んだら入ってきてね」

 先生は優しく愛に声をかけると教室に入って行った。


「チャイム鳴ってるぞ、席に着け」

 先生が入った途端、生徒は慌てるように席に着いた。


「今日から転校生が一名やってきてこの教室でみんなと過ごします。入っていいよ」

 愛は深呼吸をしてからドアを開け、教室に踏み入れた。

 

 教室の一番前に立つと約三十人の生徒全員が愛に注目していた。


「では自己紹介をお願いします」

 

 先生に自己紹介を振られたが、愛は言葉が出なかった。

 生徒の注目する目が怖くて声が出ないのだ。

 

 だが――教室の隅にたった一人、この学校で安心する人を見つけた。

 

 慶太は親指を立てて愛を応援してくれていた。

 

 慶太を見つけた愛は微笑んでいて、声も出るようになっていた。


「今日からこの学校に入学した坂田愛です。中学校は初めてなのでよろしくお願いします」

 

 愛が自己紹介を終えると生徒全員が拍手をして歓迎してくれた。

 

 所々、男子の「あの子かわいくね?」や「俺、惚れたわ」と言った声が聞こえてきて愛は少し顔を赤らめていた。


「坂田の席はあのバカが溢れてる鈴木っていう男子の隣だ。鈴木、仲良くしてやれよ」

 愛の隣は、運良く慶太だった。

 

 先生のひどい紹介に慶太は反論していた。


「改めてよろしくです。慶太」

「おう。困ったらすぐに頼れよ。勉強以外なら助けてやるよ」

「そもそも勉強は慶太には頼らないです」

 

 愛の中学校生活は最高のスタートダッシュで始まった。

 

 朝の会が終わると男女問わず愛の周りに集まり、質問や連絡先の交換、放課後のお誘いなどを受けていた。

 

 その時の愛は少し困惑気味だったが、とても嬉しそうに微笑んでいた。



 学校が終わり、慶太と一緒に朝来た道を通って下校した。

 マンション近くで慶太と分かれた。

 

 愛は軽い足取りで帰宅した。


「おかえり。学校はどうだった?」

 夕璃が玄関まで出迎えてくれた。


「最初は緊張したけどすごく楽しかったです。みんな優しいし面白かったです。あ、これからみんなと遊んでくるです」

 

 そう言って愛は荷物を玄関に置くと、すぐに踵を返して遊びに出かけた。


「あんまり遅くなるなよ」

 

 夕璃は愛に友達ができたという事実に喜ぶ反面、本当に兄離れしていると確信し、少し悲しげな表情を浮かべていた。

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