第44話 誰もが歩み続けていた
新年のお祝いムードもなくなりつつある一月上旬。
夕璃は都内のホテルの宴会場で行われる、第十七回HG文庫大賞授賞式に参加していた。
煌びやかなシャンデリアがいくつも天井からぶら下がり、バイキングのように料理が並んだテーブルがいくつもあるこの光景は、二年ぶりに見ても驚きが隠せない。
何人かの先輩作家に挨拶をした後に芹那と遥斗を探した。
その途中に顔馴染みの二人に出会った。
「あ、夕璃君じゃん。おひさー」
「お正月ぶりだね。夕璃」
「お久しぶりです。唯衣さん。桜華も来てたんだ」
そこにいたのは唯衣と桜華だった。
二人は今回の主役の大賞受賞者に花をつけたり、料理の補充などの仕事をしていた。
「今日は遥斗さんと一緒じゃないの?」
「それなんだが俺も会ってないんだよ。桜華は遥斗見たか?」
桜華は首を横に振る。
「今日は来てない人多いね。せりりも忙しいらしいしね」
「そういえば慧先輩も来てないんですか?」
「うん。今日は家で私達の子どもの面倒を見てもらってるの」
「「唯衣さん子どもいるの?!」」
夕璃と桜華は突然の告白に声を出して驚いた。
「あれ?言ってなかったけ?」
「初耳ですよ」
「さくらも全然知らなかった。普通に唯衣さん仕事に来てるし」
桜華の言葉に夕璃も頷いている。
「子どもが生まれたのは一昨年の春だから、初めて夕璃君に会う四ヶ月くらい前かな」
「じゃあもう一年半も経ってるじゃないですか」
「たしかに。てっきり言っているものだと思ってたよ」
笑いながら言っている唯衣に、二人は呆れていた。
その後、二人は仕事があるので行ってしまった。
宴会場の中をあらかた探しても見つからないので、夕璃は諦めて一人で料理を皿に盛り付け、食べていた。
程なくして、一人の女性がマイクを持って舞台の脇から出てきた。
女性は人気声優で、今回の授賞式の司会を務める。
初めに司会者と編集長の話があり、次に新人作家の一言に移った。
今回の新人作家は六名で、それぞれこれからこの業界でやっていくという強い意志があった。
夕璃は新人作家の言葉を聞いて初心を思い出した。
それからビンゴが行われ、最後にお知らせがあった。
「なんと、ここでHG文庫史上、最も重大なお知らせがありますー!」
司会者が突然先程の数倍のテンションでお知らせを始めた。
HG文庫史上、と大きく出たお知らせに、ここにいる全作家が壇上に注目した。
「まずはこちらの映像をご覧下さい」
壇上のスクリーンにプロジェクターで映像が映し出された。
その映像は、カクの作品『ただ変』の名シーンの原作絵の静止画をまとめたものだった。
ここにいる誰もがまさか、と思った。
最後に発売された『ただ変』の十二巻のラストは誰もが覚えている。
それは主人公が卒業式前日に、卒業式の準備がされた体育館でメインヒロインに告白し、見事付き合うというシーンだ。
そのシーンの映像が流れた後に間が空き、新たな映像が流れた。
それは先程の映像より何倍もクオリティが高かった。
五年の歳月を経て、コチ先生の絵が凄まじく成長したことがよくわかった。
そして何よりも衝撃を受けたのはその映像は主人公とメインヒロインが卒業式に参加している原作絵がセリフと共に流れていたからだ。
その映像を目にした瞬間、ここにいる全ての作家が歓喜し、声をあげた。
「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
卒業式のシーンが流れた後、コチ先生の絵と共に新刊発売決定の文字が流れた。
再度歓喜の声でこの場が埋め尽くされた。
夕璃も身震いが止まらなかった。
夕璃はカクがなぜ書けなくなったかを知っているから、この場の誰よりも喜びが大きかった。
この新刊発売決定はラノベ業界を必ず震撼させると、この場にいる全ての作家が確信した。
映像が終了した後も拍手が鳴り止むことはなかった。
やがて落ち着くと次のお知らせに移った。
今月発売されるコミカライズ作品や新刊についてだった。
「最後のお知らせです。HG文庫からアニメ化する作品が決定しました」
最後のお知らせはアニメ化情報だった。
夕璃はどんな作品がアニメ化するのかと、気になり映像に注目した。
その映像が終わった後、夕璃は固まっていた。
「最後は入江遥斗先生の『それでも世界は美しい』のアニメ化情報でした」
周りは司会者の言葉の後に拍手が起きていたが夕璃だけは拍手できなかった。
夕璃は今、激しい焦燥感と苛立ちを抱えていた。
自分がこの場で料理を食べている間にも遥斗やカクは進み続けているという事実を思い知らされ、二人がこの場に来れないほど忙しいということに。
コミカライズが大成功し、これまでなんの問題もなく新刊を発売していたので無意識に歩みを緩めてしまっていたのだ。
その間に夕璃と遥斗の差は大きくひらいた。
夕璃はいてもたってもいられなくなり、まだ途中の授賞式を抜け出し、急いで家に帰った。
「おかえりです、にぃ。思ったより早かったです」
「しばらく小説を書くことに専念するから」
そう言って夕璃は部屋に入った。
愛も夕璃の焦燥感を感じ取ったのか何も言わなかった。
「絶対……絶対もう一度追いついてやる。足踏みなんてしてる余裕はなかったんだ」
夕璃は焦燥感と、劣等感、苛立ち、決意を全力で全て小説にぶつけた。
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