第43話 血反吐を吐いて立ち上がる

 十二月三十一日。


 今年最後の夜、夕璃は部屋で愛が買い物から帰ってくるのを待っていた。


 もうすぐ桜華と美波も家に来る予定だ。

 芹那、遥斗、エムは誘ったが仕事があるため来れない。


 英里奈はあえて誘わなかった。

 今の英里奈は止まっている暇すらないのだ。


 去年とは打って変わって静かな年越しに寂しさを感じながらも、どこか嬉しかった。


「みんな夢に向かって走り続けてるんだな」

 夕璃も他人事ではないので僅かな焦りがあった。


 そんな時、夕食の材料を買いに出かけた愛が戻ってきた。

 後ろには偶然出会ったのか、桜華と美波の姿があった。


「美波は久しぶりだな」

「そうだね。ところで今日は私達四人だけ?」


 美波が部屋を見渡しながら夕璃に尋ねた。


「芹那さんは新しい出版社の件で仕事。エム先生っていう俺のコミカライズを担当した漫画家も誘ったんだけど締め切りがやばいらしい」


 夕璃は今日、電話で芹那を誘った際にさらりと新しい出版社のことを聞かされ、誘われた。


 もちろん承諾したが、夕璃に言うのを忘れていたと芹那に言われて激怒していた。


「芹那さんの話ならさっき桜華に聞いたわ。あと遥斗さんは?」

「遥斗も仕事らしいけど内容は言ってくれなかったな。まぁ来週あたりにHG文庫の大賞授賞式があるからそこで問い詰めてやるか」


 夕璃は桜華と美波を炬燵まで案内し、事前に買っておいたお酒とジュースを取り出す。

 夕璃は飲み物を二人に渡すと美波が不貞腐れていた。


「二人だけお酒ってずるい」

「美波の誕生日はさくらと二人でお酒飲みながら誕生日会しよ」

 桜華が美波の頭を撫でながらなだめる。


 それからしばらく三人で話していると、愛の料理が完成した。


 テーブルに並んでいるのは年越し蕎麦と天ぷらだ。

 天ぷらは鶏肉、なす、チーズ、さつまいも、春菊、海老と多くの種類の天ぷらが大きな皿に並べられていた。


「「いただきます」」


 夕璃はまず蕎麦をすすり、そばつゆをレンゲで一口飲んだ。


「このつゆ、市販のより美味しいな」

「市販のつゆに自分で考えてアレンジしてみたです」


 桜華と美波もつゆを飲むと「本当だ」と驚いていた。


「自分で考えてより美味しい料理が作れちゃうなんて愛ちゃんはやっぱりすごいね」

 愛は桜華に褒められて嬉しそうにしていた。


 愛は桜華の空いている日は毎日家に行き、勉強をしたり遊んだりしている。

 愛にとって桜華はすっかり姉のようなものだ。


「私もそう思う。愛ちゃんが作る料理は外で食べるより美味しいよ」

 美波も蕎麦をすすりながら絶賛した。


 次に桜華は海老天に箸を伸ばした。


 大人用の箸と変わらない大きさの海老天を掴み、食べた。

 噛んだ瞬間、サクッといい音が聞こえ、光沢のある身が衣の中から姿を現した。


「この海老天最高」

 桜華はとろけるような顔で海老天を頬張っていた。


「鶏天も美味しいぞ。わさび塩とかゆず塩も合うな」

 夕璃は鶏天につける塩をアレンジしながら食べていた。


「私、チーズの天ぷらは食べたことなかったけどくせになる味」

「天ぷらは日本酒に合うけどこのチーズの天ぷらはビールにあいそうだな」


 その他のなすや春菊やさつまいもも絶品で、三人はすっかり愛の料理の虜だった。


 小一時間で四人は料理を食べ終えた。


「夕璃はいつも愛ちゃんのご飯が食べれていいなー」

「じゃあ、ねぇも毎日家に来るです」

「やったー!それなら毎日愛ちゃんの料理を食べに来るね」

「俺の家なのに。でもまぁ桜華には愛がいつも世話になってるしいいけど」


 そんな会話をしていると美波が夕璃の横腹を肘でつついてきた。


「そんなこと言って、本当は桜華に来てほしいだけのくせに」

「そ、そんなことはないから」


 夕璃と美波はギリギリ二人に聞こえない声で会話する。


 ある程度お腹が落ち着くと、桜華と美波は帰る支度をした。


「もう帰るのか?」

「私、今日は桜華の家に泊まるの。まぁそうは言っても隣だけどね」

 年もまだ明けてなく、去年よりも早いお開きとなった。


「今日はご馳走様。じゃあ良いお年を」

「またご馳走になるね。愛ちゃんもいつでもさくらの家に来ていいからね」

「はいです。いっぱいねぇと遊ぶです」

「じゃあ良いお年を」


 二人は手を振って桜華の家に入っていった。


「じゃあ、仕事しますか」

「にぃ、新年なのに仕事するの?」

「みんな頑張ってるからな」


 そう言って夕璃は自室に向かい、執筆を始めた。



 それぞれが頑張っている中、この男も密かに小説を書いていた。


 何度も頭を悩ませて、やっと出てきた言葉をキーボードを殴るように書いて、そして消すということを繰り返していた。


 机には大量のエナジードリンクが置かれていた。


 彼はもう十二時間以上執筆している。


 今日が大晦日だということも彼の頭にはなかった。


「絶対に書いてやる。血でも何でも吐いて、もう一度主人公になってやる。芹那の嬢ちゃんもあの少年も頑張ってるんだ。もう足は止めないぞ」


 彼は衝撃とは少し違うが、小説を書くきっかけをたしかに得た。


 かつて主人公だった彼は、もう一度立ち上がろうとしていた。

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