第26話 決断
あの後、結局カクは三週間ほど夕璃の家に居候し、ひたすら愛と遊ぶ日々を過ごしていた。
別れ際、愛よりもカクの方が寂しがっているのを見て夕璃は呆れて思わず引きつった笑いが出てしまった。
それからしばらくして、いよいよ本格的にコミカライズの企画が進行した。
『俺ラノ』のコミカライズを担当してくれる漫画家と初の顔合わせを行い、もうすぐ一巻が完成する。
夕璃が決めた漫画家はエムというペンネームの女性だ。
エムの漫画は繊細だが強弱がはっきりしていてとても技術力が高かった。
エムは以前にもライトノベルのコミカライズを担当したことがあり、その作品のコミカライズを大成功に納めた実力もある文句なしの漫画家だ。
夕璃は今日もコミカライズの打ち合わせがあり、朝から編集部に向かった。
打ち合わせが終わると夕璃と芹那は一緒にある店に入っていった。
そこはケーキ屋だった。
「芹那さんは桜華に何をプレゼントするんですか?」
「二十歳の誕生日のプレゼントなんて酒一択だろ」
「桜華をべろべろにしないでくださいよ」
そう、今日は四月二十八日――桜華の誕生日だ。
今日の夕方に夕璃の家で誕生日パーティーをすることになっている。
夕璃は誕生日プレゼントとして桜華の好物のいちごがふんだんに使われたホールケーキを買う。
ケーキ屋でホールケーキを買い終わり、二人は家に向かった。
家に着くとちょうど愛がおつかいに行っていて誰もいなかった。
夕璃は嫌な予感がして芹那の顔を見ると、芹那は一瞬ニヤっとしていた。
「最近愛がいつも家にいるから夕璃と何もできなくてつまらなかったんだよ」
ニヤニヤとよからぬ事を考えている芹那の顔を見て、夕璃は一歩、二歩と後ずさりした。
芹那も夕璃が後ずさりするとそれに合わせて服を脱ぎながら進んで来る。
「ほら、私を好きなようにしていいぞ」
「何もしないんで服を着て下さい!」
下着姿の芹那が手を広げて夕璃を抱きしめようとしたその時、呼び鈴の音が鳴り響いた。
夕璃は逃げるように玄関にかけて行った。
「ちぇ。男のくせに意思の固いやつだな。まぁそこが夕璃の取り柄でもあるが」
芹那は大人しく服を着て床に座った。
扉を開けるとそこには遥斗が紙袋を手にして立っていた。
「おお、遥斗か。ちょうどいいところに来てくれた。助かったぞ」
「どうしたんだい?僕は何もしていないけれど」
「細かいことは気にするな。まぁ中に入ってくれ」
疑問に思うことがあったが、特に深くは追求せずに遥斗は中へ入った。
それから三人は今の小説の取り組み具合や一月に行われた大賞授賞式について、そしてそこには夕璃達と同じ回にデビューした作家たちがいなかったことなどを話した。
「今回のデビュー作家は五名だ。来年の授賞式にも残っていてほしいが……」
「去年の授賞式でしか顔を合わせてなくても、同期がいなくなってるっていうのはやっぱり辛いですね」
夕璃が複雑な表情で去年顔を合わせた同期達のことを思いながら語る。
「同期が消えているっていうことは僕たちも売れなくなったら消えることはある、ってことですよね」
遥斗は現実的な考えを夕璃と同様、辛そうな表情で口に出す。
「その可能性は十分にあるが、今のお前たちなら余程の事がなければ問題ないだろう。小説も軌道に乗っていてコミカライズも進行している。それこそスランプか手か命に関する事故さえなければ大丈夫だ。まぁもっともスランプに陥っても人気が衰えないこともあるが」
「俺と遥斗なら大丈夫ですよ。同期のためにも頑張ります」
「あぁ。お前たちの小説が書店に並ぶことがせめてもの同期への
夕璃と遥斗はラノベ業界の厳しさを改めて痛感した。
三人が話している時、愛がおつかいから帰って来た。
「愛ちゃん。僕も料理手伝おうか?」
「ありがとうです。でも大丈夫です。あいつはきれぇですけどこれは私からの誕生日プレゼントです」
「家事もできて小説も書けるなんて浮葉はすごいな」
芹那が愛に近づき、頭を撫でようとすると愛が身軽に避けていった。
「おめぇに褒められてもうれしくねぇ。あと触んな」
芹那は今にも殴ってしまいそうなくらい拳を握って怒りを顕にしていた。
芹那と愛が茶番劇をしていると呼び鈴が鳴った。
「ごめん。美波と服を選んでたら遅くなっちゃった」
遥斗の次に来たのは英里奈と美波だった。
二人は桜華の誕生日プレゼントに服を選び、出し合って買った。
「まだ大丈夫だよ。桜華が来るまで時間はあるし」
「え、まだ来ないの?」
美波が挙動不審になってそわそわしながら桜華が来るのを今か今かと待っている。
「どうした、そんな急いで。そんなに愛しの桜華に会いたいのか?」
夕璃が茶化すと美波は顔を真っ赤にした。
そして俯いてモジモジしながら衝撃的なことを呟いた。
「私、今日桜華に告白する……」
美波の決断に、この場にいる全員が凍りついた。
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