第35話 掛け違えていたボタン
―八月五日―
夕璃は二十歳の誕生日を迎え、お酒が飲めるようになった。
誕生日当日に桜華と一緒にお酒を片手に二人で誕生日会をした。
八月はみんな締め切りや仕事に追われていたため、二人で誕生日会を行うことにした。
桜華は夏休みの間、実家暮らしを続けるそうだ。
夕璃の誕生日から数日が経った。
突然、遥斗が高級ワインを手にぶら下げてやってきた。
「久しぶりだな。桜華の誕生日会以来か?」
「そうだね。この前君が誕生日だったと聞いてね。これは僕からのプレゼントさ」
「そりゃどうも。せっかくだし一緒に飲むか」
夕璃は遥斗を家にあげて、遥斗がくれた高級ワインと急遽愛が作ってくれたつまみを出した。
「じゃあ、誕生日おめでとう。乾杯」
「乾杯」
お酒が飲めるようになって数日が経つが夕璃は初めてワインを飲む。
「ワインは初めて飲むがこれは、本当に美味しいな」
「それはよかった」
「お前あんまり酒に強くないんだから飲みすぎるなよ」
以前夕璃の家に初めて来た時、缶ビールの半分ほどしか飲めていなかった。
「そのためのワインさ」
それから二人はお互いの小説のことなどを話し合った。
お互い少し酒が回ってきた時、夕璃は本題を出した。
「わざわざここに来たってことは芹那さんの話をするために来たんだろ?」
「そうさ。僕はさっき、芹那さんに君の誕生日のことと君が芹那さんを振ったことを聞いて急いでここに来たよ」
それを聞いて一瞬、夕璃は気まずくなり目を逸らす。
「あれは振ったというか、俺が桜華と付き合わない理由を言っただけだ。たしかに芹那さんの気持ちには答えることはできないが」
「別にその事に関してとやかく言う資格は僕にはない。それに一年前、こんな感じで僕がお酒を飲みながら話したことを覚えているかい?」
「いずれ一人を選ぶ日が来る――だろ?」
夕璃は遥斗がお酒の力を借りて想いをぶちまけたあの会話を、今でも鮮明に覚えている。
「その日が迫ってきているんだよ。英里奈ちゃんにもいつか言う日が来る」
夕璃も薄々気づいていた。
いつか英里奈にも伝えなければいけないと。
でも英里奈は小学生の時から夕璃が好きで、芹那のように伝えた後でも前を向いていられるかわからない。
「英里奈は芹那さんのようにすぐ前を向けるか分からない。もしかしたら心が折れて仕事に支障が出るかもしれない」
「もし仕事に支障が出るなら英里奈ちゃんはそこまでのイラストレーターということだよ。君のそれは気遣いではなく、逃げ、あるいは英里奈ちゃんへの信頼がないということだよ」
英里奈に夕璃の思いを伝えることは夕璃が前に進むのに必要で、英里奈が越えるべき壁である。
夕璃は遥斗によってそのことを気づかされた。
「そうだな。たしかに俺は逃げていた。気づかせてくれてありがとう」
「いいんだ。君の優しさは僕が君を尊敬しているところの一つでもある」
「お前が俺を尊敬?」
今は少なくなったものの、出会った当初は夕璃は見下されていた。
夕璃は尊敬という言葉に疑問を抱いた。
「いや、今のは気にしなくていいよ」
遥斗が慌ててさっきの発言をなかったことにする。
「だってお前は俺を見下しているじゃないか」
「え?いつ、僕が君を見下したんだ?」
「授賞式の時や英里奈と初めて会った時だよ」
遥斗はしばらく考えると一人でに笑い出した。
「何がおかしいんだよ」
「思い出したよ。授賞式の時の僕と君の小説の差は歴然だったっていう発言だろ?あれは僕の小説は君の小説に遠く及ばないって意味さ」
その言葉を聞いて夕璃は数秒固まる。
「じゃあ初めて英里奈に会った時は?」
「純粋に新人のコンビがどうなるのか楽しみだったんだよ。恥ずかしいが僕は君の小説の大ファンでね。無理言って同じ担当編集者にしてもらったり、同じ発売日にしてもらったりしてたんだよ」
夕璃は今まで自分だけが勘違いしていたことに気づき、途端に顔が赤くなる。
「なんだよ、そうだったのか。初めからそう言ってくれればよかったのに」
夕璃と遥斗との間にあった壁は完全になくなり、夕璃は心のそこから笑っていた。
「君が――夕璃が勝手に勘違いしてたんじゃないか」
遥斗もつられて大笑いしていた。
その後、夜まで飲み食いしながら話していたが、笑顔が絶えることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます