第17話 因果
「家には帰りたくないー!!」
玄関前で手すりにしがみつきながら必死の抵抗をする桜華。
夕璃は何とかして引き剥がし、外に出した。
「今日はちゃんと帰るって言っただろ。桜華もいい加減仲良くしたらどうなんだ?」
「絶対に無理!あいつらと仲良くとか死んでも出来ない!」
桜華がどうしても家に帰りたくない理由は家族に問題があった。
桜華は五人家族で、高校一年生と中学一年生の妹を持つ長女だ。
長年二人の妹に面倒事ばかり起こされ、毎日のように喧嘩していた。
それに加え、母親は厳しく生活を制限されていた。
桜華はそんな家からすぐに独り立ちしたいと高校生の時から言っていた。
小学生のように泣き喚きながら、抵抗する桜華を引っ張って家の前まで連れてきた。
諦めた桜華は呼び鈴を鳴らした。
夕璃も桜華に手を振って自分の家に帰って行った。
桜華は自分の家を見ても懐かしいという気持ちより憂鬱な気持ちが勝ってしまっていた。
程なくして家の中からドタバタと騒がしい音が聞こえたと思ったら、勢いよく扉が開いた。
「あ!お姉ちゃんだ!おかえり!」
出てきたのはショートの髪型で小柄な女の子、中学一年生の
「ただいま……」
優芽は元気で何ごとにもポジティブだが、ドジだ。
そんな天真爛漫の優芽がやらかしたことの後始末は全て、長女の桜華がしてきた。
そのせいで優芽の元気なところは桜華にとって鬱陶しいものだった。
面倒くさそうに返事をして、重い足取りで桜華は家に上がる。
鬱陶しい妹達に加え、この家には厳しい母もいる。
高校生にもなって門限は七時でゲームは一日一時間。
強制的に茶道に通わされ、そのくせ習いたかったダンスは絶対に習わせてくれなかった。
自分を縛る母が桜華は好きではなかった。
そんな母と再会するのは気が重い。
でも家に帰って来てしまった以上、顔を合わせるしかないので仕方なくリビングのドアを開ける。
リビングにはもう一人の妹――
二人とも腰まで髪があり、目元がキリッとしていて口調もきついので初対面の人にはよく怖がられる。
琴美も金髪なので桜華の髪色は母譲りだ。
亜優と優芽は父譲りの茶髪だ。
父――
健人は今仕事で家にいないので帰って来るまでには帰りたい。
「ただいま……」
不貞腐れた顔でリビングの二人に挨拶をする。
すると琴美は振り返ることなく本を読みながら冷淡な声で言葉を発した。
「もう一人暮らしはやめたの?所詮あなたはまだ子供なのよ。いい加減駄々をこねるのはやめなさい」
亜優は微動だにせず無言でスマホと睨めっこをしている。
桜華は自分の家族と夕璃の家族を比べ、失望した。
実の母や妹よりも友達の家族の方が温かいという紛れもない事実に、もはや笑いが込み上げてしまう。
――この人たちを家族と呼べる日はもう絶対来ないだろう。
そう確信してしまうほど失望して、呆れて、悲しくなった。
「近くに来たから寄っただけ。こんな家には帰らない、さよなら」
桜華は踵を返してその場から立ち去る。
桜華が家を出ると優芽だけが追いかけて来た。
「お姉ちゃんもう帰るの?」
「この家にいる用はないからね」
優芽に素っ気ない態度で別れを告げて桜華は一人帰路に着く。
「あそこはもうさくらの帰る家じゃない……」
目元は今にも零れ落ちそうな涙が、桜華の泣くもんかという気持ちでせき止められてた。
桜華がすぐに帰ってしまって落ち込みながら優芽は家に戻った。
「亜優またお姉ちゃんと喧嘩したでしょー!」
桜華が帰った理由は当たりがきつい亜優だと思い、優芽は問い詰める。
「は?私じゃないんだけど。勘違いしないでくれる?」
「じゃあまま?」
「桜華は自分から帰ってきて自分で出て行ったのよ。まったく……あの子ときたら」
琴美は呆れてリビングを出て行った。
だが優芽は見落とさなかった。
琴美の目が潤んでたことを。
あれから一週間。
夕璃は三日ほど滞在して家族円満な時間を過ごし、気持ちよく帰ってきた。
夕璃が、桜華がすぐに帰ったことを知ったのは帰宅して次の日だった。
人の家族問題なのでとやかくは言えないが、関係は高校生の時より悪化している。
桜華はあの日からずっと機嫌が悪く、夕璃の家に訪れる頻度は減った。
夕璃が無理矢理家に連れて行ったこともあり、少し罪悪感がある。
どうにか桜華が元気にならないか考えたいが、今は別のことを考えないといけなかった。
今、夕璃はHG文庫の会議室で芹那と『俺ラノ』の三巻の内容について打ち合わせをしている。
既に二巻は執筆中で締め切りは九月だ。
作中に以前、夕璃が愛羽浮葉の作品『ラブコメ否定形』を読み、心に迷いが生じた時に桜華が奮い立たせてくれた話を入れたいと言うと、芹那は嫌そうな顔をしながらも、良い話で経験が文章力をアップさせてくれることをよく知っているので止めることができず、複雑な心境で渋々了承した。
作中の季節はちょうど夏なので芹那に一つ提案された。
「海やプールのシーンも入れたらどうだ?水着シーンは安易ではあるが読者が期待していることは間違いない」
夕璃もいずれ書きたいと思っていたので芹那の言う通り入れることにしたが、前に約束したことを思い出した。
――そういえば桜華と英里奈と海に行く約束をしてたな。
「芹那さん。前に海のシーンを書くために桜華と英里奈と取材に行く約束をしたのですが芹那さんも一緒にどうですか?」
芹那は二人の名前を聞いて眉をピクりと動かし、スケジュール帳を取り出して行くと即答した。
仕方ないので遥斗も誘ってやることにした。
電話で誘うと遥斗も芹那の名前を出した瞬間行くと即答した。
これで少しは桜華の機嫌もよくなることだろう。
三巻の大まかな内容も決まり、夕璃が会議室を出ると仲睦まじく歩く男女二人組と会った。
夕璃が軽く会釈すると二人は顔を見合ってから夕璃に飛びついた。
「君、赤井夕璃君だよね?」
「は、はい。そうですけど……」
「俺は
「やっほー唯衣です」
黒髪短髪の睨みつけているような怖い目つきでメガネをかけている慧と、腰まである長いピンク色の髪に美しく整っている顔立ちの唯衣に突然話しかけられ夕璃は混乱している。
「この後少し話せる?」
この二人との出会いが夕璃とある男との関係を変える。
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