第8話 吐露する想い
楽しいショッピングから一日が経った今でも、心のざわめきが消えることはなかった。
久しぶりの友達とのお出かけが楽しかったからというのももちろんあると思う。
でも、このざわめきは三年前、私が桜華に出会った時と同じざわめきだ。
胸の奥がギュッと締め付けられ、桜華だけしか目に映らなくなり、心が弾み落ち着きがなくなるあの時のような――
―三年前―
紺色のブレザーにチェックの灰色のスカート、赤のリボンを身に纏い、美波の新たな高校生活が始まった。
入学式を終えて教室は友達作りに励む人、元々仲がよかった友達同士で話す人、一人で本を読んだりスマホをいじったりする人など、新たな高校生活のスタートの切り方は人それぞれだった。
美波と同じ中学校だった人も同じ教室にいるが、特に仲がよかったわけではないので話に入ろうとはしなかった。
美波は一人で本を読んだりスマホをいじる組になった。
窓際の席ということもあり、一人で過ごすには最適だった。
「別に他のクラスに中学の友達いるし、時間が経てば友達なんて勝手にできるからいいや」
誰にも聞こえない声で頬杖をつき、窓の外を眺めながら呟いた。
外を眺めているとやけに視線を感じた。
一人でいる人は他にもいるのに私だけぼっちだと噂されているのだろうか?
美波は浴びていた視線が気になり、ふと教室を見渡すと――
隣の席の人が美波を見つめていた。
「わぁ!!」
美波は驚いて大きな音を立て、頭を窓に強打した。
その音に周囲の人も驚き、一斉に美波を見た。
だがすぐに友達作りのための会話に戻っていく。
「ごめんね。驚かせちゃって」
金色の髪をなびかせ艶のある美しいというより、かわいい顔の前で手を合わせて謝罪のポーズをしながら謝ってくれた女の子に、美波は一瞬ドキッとしてまじまじと顔を見てしまった。
「そんなに見られると照れちゃうよ」
金髪の女の子は頬を赤らめて、照れ隠しをするように目をキョロキョロしていた。
「すごくかわいかったから。ごめん」
「ありがと。あ、春咲桜華だよ。よろしく」
「私は山城美波。こちらこそよろしく」
美波と桜華はこの日を境に休み時間は毎日話すようになり、何度も出かけるような仲にまでなった。
桜華は美波といるととても笑顔で楽しい様子だった。
美波はどこか落ち着かない様子で桜華には気づかれていないようだが、自分ではこの胸のざわめきの正体に徐々に気づき始めた。
そして確信したのは放課後の委員会が終わって桜華を待っていた時だった。
人数の関係で美波は環境委員会、桜華は図書委員会と別々になってしまった。
なのでせめて帰りは一緒にと、桜華と約束しているわけではないが頼めば快諾してくれるだろうと思い、待っていた。
校舎から何人か人影が見え、そこに桜華と思わしき人もいた。
美波は走って駆け寄ろうとするが、桜華の隣には美波の知っている男の子が並んで歩いていた。
赤井夕璃――中学が一緒で、時々用があれば話すことがある男の子だった。
おそらく本が好きだったから図書委員会に入ったのだろう。
そこで桜華と知り合い、一日であそこまで距離を縮めていると思うと、美波の中に芽生えていた正体不明の感情が一気に成長した。
やがて美波もその正体に気づくほど明確になってきた。
だが、その感情は美波にとってはとても悪い感情だった。
感情自体は尊いもので誰しもが一度は抱くものだが、美波は抱く相手が特殊なのだ。
本来なら異性に抱く尊い感情――恋。
だが美波はこの感情を――恋を桜華に抱いてしまった。
美波は必死に自分の感情を否定するが、一度成長した感情は止まることなく大きくなっていった。
胸が締め付けられるように苦しくなり、明確になるにつれて自分に嫌気が差した。
ついに美波は感情から逃げるように桜華に気づかれる前にその場を立ち去った。
美波は家に駆け込み、ベッドに飛び込んだ。
徐々に落ち着きを取り戻していくが、さっき二人が歩いていた光景が不意に頭をよぎる。
美波はその光景に、夕璃に、この感情に嫌悪感を抱き押し寄せる波に抵抗するが虚しく心は砕け、目から一気に涙が溢れ出た。
声を出し、嗚咽しながら約一時間もの間、美波は涙を流した。
まだ少し嗚咽が止まらないが涙は止まり、次第に心も疲れて落ち着いてきた。
「こんな感情、早く捨てなきゃ……」
――もし誰かに知られたら、きっと異常だと思われる。
親に知られれば失望されるだろう。
ましてや桜華にでも知られたら……美波は最悪の展開をこれ以上は考えなかった。
また心が砕けるのを恐れたのだ。
それからというもの、美波は桜華への異常な感情を心の奥底に留めて普通に友達として接した。
だが、あの屈託のない笑顔と無邪気な性格に何度も胸を締め付けられ、その度に感情に心の奥底に戻れと命じた。
異常な感情が生まれてからしばらくして美波は桜華にとんでもない相談をされた。
「さくら、実は夕璃のこと好きみたい……最近気づいたから実感はあまりないんだけど」
美波にとって一番辛い相談。
だが美波は桜華の前で表情一つ変えることなく桜華の相談を聞いて、アドバイスなどもした。
なぜなら桜華が夕璃と付き合えば自然と心の奥底の異常な感情が消えると、そう思っていたからだ。
けれど、三年経った今でも二人が付き合うことはなかった。
そんな異常な初恋の時に初めて感じた、胸を締め付ける想いを再び感じている。
美波にはなぜこうなったか心当たりがある。
昨日、二人に少し話した時に心の奥底の感情の時計の針が再び動き出したのだ。
今、美波と桜華と英里奈の三人は届いた、人をダメにするクッションの上でダメになっている。
おそらく美波以外は心もリラックスしているだろう。
だが美波の心はざわついていて、常に桜華を意識していた。
そんな中――
「あー疲れた……」
三日ぶりにこの家の主が満身創痍で帰ってきた。
「え、お前らまだ、いたのか……」
本来なら三日ぶりの家に三人も人がいたら驚くところを軽く流していることから、よほど疲れているのがわかる。
「この疲れようじゃ缶詰めの様子を聞くことなんてできないよね」
桜華がぐでーっとしながら残念そうに呟いた。
「今は缶詰めのことなんて思い出したくねぇ……」
そう言って夕璃は一瞬でいびきをかいて寝てしまった。
「今度また来た時に聞こっか」
英里奈がそう言って立ち上がると、桜華も諦めて帰る支度をした。
美波もつられるように立ち上がり、帰る支度をした三人は夕璃の家を出た。
戸締まりをきちんとして、鍵を玄関のドアについているポストに入れた。
しばらく歩いたころ、美波は立ち止まった。
「どうしたの?」
桜華が尋ねると
「ちょっと忘れ物したから戻るね」
二人の有無も聞かずに走り出し、夕璃の家に向かった。
――夕璃なら、私の気持ちを聞いても正面からきちんと向き合ってくれるかな?
確信はなかった。
だが、何となく夕璃はこんな異常な私にも正面から向き合ってくれると思った。
この溢れそうな異常な気持ちを誰かに吐かないと私が耐えきれなくなってしまう。
今すぐに三年分の感情を夕璃にぶつけたい。
美波はそんな思いで夕璃の家に戻った。
もう鍵は取れないので呼び鈴を押すと、少しして夕璃が寝ぼけた顔で出てきた。
「なんだ……忘れ物か?」
「そんなところ」
夕璃は部屋に戻ると再び寝ようとした。
「待って!夕璃!」
「ん?なんだ?」
美波の緊張と焦りに、夕璃はまだ気づいていなかった。
美波は先程までぶつけたいと思っていた言葉が、感情が簡単に口から出ないことにさらに焦っていた。
夕璃もさすがに何かに気づいたのか真剣な表情に戻っている。
これは美波が自分自身で言わなきゃいけないこと、夕璃はそれを分かって美波自身の口から出ることを約三十分立って待ってくれた。
やがて、錆びて軋むような固い口をゆっくりと開いて美波は想いを吐露した。
「私、実は、桜華に恋愛感情があるの」
言葉と同時に出てきた涙に美波は気づかず、その言葉を待っていた夕璃は表情一つ変えることなく、美波にとって予想外の答えを言った。
「ああ、知ってるよ。やっとお前から言ってくれたな」
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