第14話 坂道カク

 台所では夕璃の胃袋を掴もうとした三人の女性の死闘が繰り広げられている。


「それ私が使う野菜なんだけど!」

「フライパン少ないぞ!夕璃自炊しろよ!」

「ゆうくん調味料どこー?」

 

 台所の様子を見て呆れ顔で苦笑を浮かべる夕璃と遥斗。

「やっぱり俺も手伝った方がいいのかな?」

「いや、ここは女性達に任せていいと思うよ」

 

 台所で死闘を繰り広げること三十分。


「「「お待たせ!!!」」」

 豪勢な多種多様な料理が運ばれてくる。


「「おぉー」」

 それらの料理を見て思わず二人は声が漏れる。

 

 テーブルにはニース風サラダ、とん平焼き、豚で何かを巻いたもの、ローストビーフが置かれている。


「ローストビーフはみんなで作ったんだよ。その他の三品はこの三人がそれぞれ一品ずつ作ったの」

 

 桜華の説明を受けてまず夕璃は、先程から中身が気なっていた豚で何かを巻いたものを一切れ取って口に運んだ。


「うっま!豚に巻かれているのは厚揚げとチーズとシソ?」

「そうだ。口に合って何よりだ。私が家で酒のつまみとして作っているものだが酒がなくても絶品だからな」

 

 厚揚げとチーズの豚シソ巻を作ったのは芹那だった。

 

 厚揚げがとてもボリュームがあり、シソとチーズの独特の味がとてもマッチしていて豚肉がとてもジューシーだ。

 

 夕璃に続いて遥斗も厚揚げとチーズの豚シソ巻を口に運ぶ。

「ほんとだ、お酒に合いますね」

 遥斗と芹那が飲んでいるお酒は赤ワイン。

 

 遥斗はお酒を片手にもう一切れ食べる。

「おい、ずるいぞ。俺の分も残せよ」

「ちゃんと五人分あるから安心しろ」

 

 最初の厚揚げとチーズの豚シソ巻が美味しくてつい箸を進めてしまった。


「お前、ビールは飲めなかったくせにワインは飲めるんだな」

「この前のやつは度数が強かったからね。というかお酒があまり飲めないのバレてたんだね」

「そりゃ缶に半分も残っていたら誰だって気づくさ」

 

 次にニーズ風サラダを口に運ぶ。


「これもすごく美味しいな。トマトやツナ、オリーブオイルでさっぱりした味だな」

「でもじゃがいもや卵も入っているからしっかりとボリューム感もあるね」

「ワインにもあうぞー」

 

 既に頬が紅潮していて二本目のワインを開けてる芹那。


「ゆうくんが気に入ってくれて嬉しい」

 ニーズ風サラダを作ったのは英里奈だ。

 

 濃い味付けではないため野菜の味も楽しむことができてこれも箸が進んでしまう。


「早くとん平焼きも食べてよー」

 自分の作った料理が最後なのが不服なのか、不貞腐れながら夕璃達を急かす。

 

 二人はとん平焼きを一切れ口に運んだ。


「すごいな。ソースとキャベツとチーズの相性が最高で尚且つ卵がふわふわだ。美味しいよ、桜華ちゃん」

「あ、ありがとうございます!」


「マヨネーズも最高の相性だ。やっぱりなんと言ってもチーズが大活躍だ」

「中がキャベツとチーズだからすごく軽くて美味しいから何個でも食べれちゃうね」

「ワインにもあうぞー」

 

 先程と同じ感想なのは酔いが回ってきているのか本当に合うのかは定かではない。

 

 三人が作ったローストビーフも絶品で、イタリアンパセリがとてもローストビーフを美しく引き立てていた。

 

 その後も楽しく賑やかに食事をしてほとんどを食べ終えた。



「だーかーら!お前たちはなんでそんなに出来がいいんだよ!もう一人の担当作家ときたら……!」

 食事を終えると、酔った芹那の愚痴を夕璃と遥斗は聞かされている。


「あ、ありがとうございます。芹那さんのもう一人の担当作家って誰なんですか?」

 疑問に思った夕璃が芹那に尋ねた。


「お前なら知っているんじゃないか?私が天才と呼ばれる原因になったあのバカ作家、坂道カクを」

 

 その名前を聞いて夕璃は驚愕した。

 

 坂道カクとは夕璃が小説家を、英里奈がイラストレーターを目指すきっかけになったラノベ『Re:tall』の作者だ。


「芹那さん、坂道先生の担当だったんですか?!」

「あぁ。あいつの最後の作品『ただ一つだけ変わらないもの』が企画段階の時、元々の担当が育休に入ってしまい新人編集者だった頃の私が変わりの担当になったんだ」


『Re:tall』が完結した二年後に出版された『ただ一つだけ変わらないもの』――略して『ただへん』は一巻の出版から三年間、ライトノベルランキングで不動の一位だった神作品だった。

 

 だがある日を境に本が出版されることはなくなり未完のまま時は過ぎた。

 

 夕璃は坂道カクに憧れ、そしてその真相を知るべくHG文庫に応募した。


「『ただ変』が出版されなくなった原因って何だったんですか?」

 夕璃は単刀直入に聞いた。


「あいつはな、自分を変えてしまうくらいの衝撃がないと小説を書けないんだ。あいつは今あらゆる場所に赴き、あらゆる書籍や番組を見て、衝撃をあたえてくれるを探している」

 

 夕璃は坂道カクの、衝撃がないと書けないという言い分が少し理解できる。

 

 小説を読んでいた時やアニメを見た時に不意に物語が頭に浮かぶことがある。

 坂道カクはその不意に来る衝撃よりももっと大きい衝撃を求めているのだろう。


「じゃあ坂道先生はもうHG文庫にはいないんですか?」

「本の出版が止まれば普通の作家であれば契約は切られるが、あいつは天才だ。編集部みんながあいつが続きを書いてくれることを願っている。だからまだ契約も切られていないし担当は私だ」

 

 夕璃は『ただ変』が再出版される可能性があることを知って喜びと安堵の笑みを浮かべ、ある一つの案を提示した。


「芹那さん……俺を坂道先生に会わせてください」

「私的な理由であれば作家であろうと会わせることはできない」

 

 酔いが覚めた芹那が鋭い目と声で夕璃を突き刺すように頼みを否定した。


「私的な理由ではありません。坂道先生に俺の本を見てもらうんです。俺がこれから『俺ラノ』を坂道先生が再び小説を書けるようになるくらいの衝撃がある小説にします」

 予想外の理由に芹那と周りの人達は口を挟まずに聞いていたみんなが唖然とする。

 

 そして一瞬驚いたものの、桜華だけが小さい笑みを浮かべる。


「わかった。あいつに連絡しておこう。だけどあいつは世界を回り、無数の絶景や文化にふれてあらゆる書籍を読み漁っても衝撃を受けなかった。そんなやつの心すら動かせる小説を夕璃は書けるのか?」

「書けるかなんて問いに答えられるほどの自信はありませんけどこれだけは言えます。――書けるかじゃない!書くんです!それに俺には三人も同じ物語を創り上げる仲間がいる!超えたいライバルもな。だから俺は挑戦します――人の心を、人生を変える小説を、俺は創り上げます」

 

 不敵に笑って高々に宣言した夕璃を見て、みんなはそれぞれの思いを胸に一人一人意味の違う笑みを浮かべた。


「夕璃は真っ直ぐだな。お前の情熱があいつに伝われば、きっと心を動かすことなんて容易いぞ」

 芹那は酔いが覚めてしまったと言って再び遥斗と飲み直した。

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