第50話 変化

 三日ほど実家に泊まり、愛をいつまでも一人にはできないので、夕璃は一足先に家に帰った。

 

 春彦達はアメリカに帰るまで実家に寝泊まりするらしい。

 

 夕璃が実家にいた三日間でたくさんのことが進展していた。

 

 芹那が立ち上げる出版社――BS文庫が十二月に正式に始動すること。

 

 そして英里奈の画集がBS文庫の最初の出版する本になること。

 

 現在、BS文庫では編集者とクリエイターを募集している。

 

 BS文庫で契約している作家は引き抜かれた夕璃と遥斗、第一回新人賞の受賞者七名だけだ。

 

 芹那は今、知り合いの作家に新作をBS文庫での出版を頼んだり、ネットの小説投稿サイトでめぼしい作家に声をかけたりとしている。


 夕璃も十二月に間に合うように新作を考えている。

 でも、いくら考えても何も浮かばなかった。


 それを見ていた愛が夕璃に駆け寄った。


「にぃ、最近焦りすぎです。たまには息抜きでご飯を食べに行こうです」

「そうだな。ついでに桜華でも誘うか」

「はいです」


 愛の提案で夕璃は近くのファミレスに外食することにした。

 

 桜華に連絡を入れると、すぐに行くという返信が来た。


 三十分後、二人が外に出ると同じタイミングで桜華が出てきた。


「愛ちゃんがいるのに外食なんて珍しいね」

「やっぱり外で食べるご飯は美味しいです」

「俺はそこら辺のレストランにも愛の料理は匹敵すると思うぞ」


 三人は笑顔で何気ない会話をしながらファミレスに向かった。



 席についてそれぞれが注文をし終えるとBS文庫について話した。


「桜華は今年BS文庫に入るのか?」

「さくらはちゃんと大学を卒業してからにしようと思う。そのことを芹那さんに言ったら賛成してくれたし」

「まぁ桜華は芹那さんに頼めばいつでも入れるしな」


 夕璃の言葉を聞くと、桜華は真剣な顔で首を横に振った。


「さくらは自分の力で編集者になりたい。だから面接を受ける時は芹那さんじゃない人にやってもらうの。それでさくらの実力を認めてもらう」


 桜華はもう、ただの女子大生ではなかった。

 自分の夢に向かって全力で走る立派な主人公だ。


「桜華はすごいな。そういえば愛はBS文庫で出版しないのか?」


 愛の小説の出版頻度は時が経つとともに少なくなっていっている。

 一巻のような尖った想いは、今の愛の小説の中にはない。


 物語は主人公が徐々にヒロインの力によって愛を知っていくという展開になっているが、これは愛がもうあの頃のような尖った想いがなくなり、愛を否定する小説が書けなくなっている表れだ。


 夕璃はずっと前から愛の心の変化に気がついていた。

 

 その変化は愛羽浮葉を殺し、を示していた。


「もう私には書きたい小説がないんです。今の小説を書き終えたら一旦愛羽浮葉はおやすみにするです」


 今の夕璃に愛を止めることはできなかった。

 書きたくない時に小説を書くことが、作家として一番の苦痛だと夕璃は身をもって体験したからだ。


「そうか、わかった」

 

 その後は春彦に再会した時の話でもちきりだった。


「春彦さんの結婚式見てみたい!」

 桜華は面と向かって話したことはないが、春彦に何度か会ったことがある。


「兄さんに聞いてみるよ。愛も行きたい?」

「行きたいです。将来のためにもどんなのか見ておきたいです」

「彼氏ができたのか?!」

 

 まるで父親のような反応をした夕璃に、二人は若干引き気味だった。



 三人は昼食を食べ終え、ファミレスから出た。


「これから慧先輩と唯衣さんの家に行くけど二人も行くか?二人の子どもも見れるぞ」

「行く!」「行くです!」

 

 二人は慧たちの子どもをひと目見るために、夕璃は春彦の帰国を二人に伝えるために慧の家へ向かった。

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