第49話 最強の兄弟

 打ち合わせが終わり、帰宅途中の夕璃のスマホに父の智則から着信が入った。


「もしもし。どうしたの父さん?」


 智則はもちろん母の恵子から連絡が来たことは一度もなかった。

 独り立ちしてから初めての親からの連絡を怪訝に思う。


「孫が――孫ができたんだ!」



 夕璃は帰宅すると最低限の荷物を持ち、すぐに実家に向かった。


 興奮している智則を落ち着かせて詳しく話を聞いたところ、兄の春彦が金髪美女と結婚し、赤ちゃんを連れて突如帰国してきたらしい。


 久しぶりの長期休暇をもらった春彦は両親に孫を会わせてあげようという計らいだったが、突然のことで喜びよりも驚きと興奮の方が大きかった。


 四年ぶりの再会に夕璃は胸踊らせていた。


 実家に着き、呼び鈴を押すと扉を開けてくれたのは春彦だった。


「兄さん!久しぶり。元気だった?」

「久しぶりだな、夕璃。すっかり大人になったな」


 春彦は茶髪の前髪を上げたヘアスタイルで精悍な顔立ち、バスケ選手なだけあり全身の筋肉がすごく、身長は190センチ以上と弟の夕璃から見てもイケメンである。


 そんな春彦の後ろから、碧眼金髪ロングの外国人が飛び出してきた。


「は、ハロー。マイネイムイズユウリ」

「こんにちは!君が夕璃君だね。私は春彦の妻の赤井亜梨沙あかいありさです」


 頑張って片言の英語で話したのに日本人と同じくらいの日本語で返され、夕璃の顔は羞恥の色に染まった。


「日本語お上手ですね」

「私、こう見えて生まれも育ちも日本なんだよね。両親は外国人だから私も純粋な外国人だよ。ちなみに英語も話せるよ」


 ハイスペックな亜梨沙に夕璃は圧倒された。


 夕璃が家に上がるとリビングで赤ちゃんを抱いている恵子と、嬉し涙を流しながらその赤ちゃんを見ている智則の姿があった。


「子どもの名前はなんて言うの?」

赤井翔夢あかいかけるだ。夢に翔けると書いて翔夢」

「いい名前だね。というか俺って翔夢君の叔父になるの?」

「そうだな。二十代でおじさんだな」


 夕璃はからかう春彦の腕を叩く。


 孫をじっくり堪能した両親の提案で、赤井家全員で夕食を食べに行った。

 積もる話もあり、時間はあっという間に過ぎていった。



 家に帰り部屋でのんびりしていると、春彦が部屋に入って来た。


「少し二人で飲まないか?」

「いいよ。どこか居酒屋にでも行くの?」

「いや、みんなもう寝ちまったからリビングで飲もう」


 夕璃は夕食の際、お酒は控えたので春彦と飲むのはこれが人生で初だ。


 春彦は二人分のグラスを用意してお酒を注いでくれた。


「四年もまともに連絡できなくてすまんな」

「兄さんがすごく忙しかったのはテレビを観てればわかるよ。兄さんは本当にすごいよ」


 世界の頂点近くまで登り詰めた春彦を見ていると、夕璃は自分が霞んでしまう気がした。


 今の夕璃にとって、主人公になりきった者を見るのは心にくるものがあった。


「夕璃こそ夢だった作家になれてすごいじゃないか。まぁ夕璃にとってゴールは作家になることじゃないんだろうけどな」

「どうしてわかるの?」

「昔、知人に作家を目指しているやつがいてな。そいつも夕璃と同じ理由で作家を目指していたから、きっとゴールも同じだと思ったんだ」


 その話を聞いて夕璃の頭には慧が浮かんだ。


「いつまで日本にいられるの?」

「そうだな……二ヶ月くらいかな」


 夕璃はある名案を思いついた。


「結婚式はもうアメリカでしたの?」

「結婚したのは二年前だけど試合とかで忙しくて実はまだできていないんだ」

「じゃあ日本で結婚式を挙げようよ。二ヶ月あればギリギリ準備できるよ」


 夕璃が結婚式を提案したのは二人に時間があるうちに挙げてほしかったのもあるが、一番の理由は日本にいられるうちにあの二人にサプライズで会ってほしいからだ。


「たしかに日本なら亜梨沙の知り合いも来れるし、いいかもな」


 春彦も乗り気で、明日家族全員で話し合って決めることにした。


 それからも話は続き、しばらくした時に夕璃は春彦に相談を持ちかけた。


「兄さんはバスケで伸び悩んだりした時はどうしてた?」

「ひたすら練習をして、それでも伸びない時はチームメイトや相手チームには敵わなくても、せめて自分は超えようと思ったよ。試合で圧倒的な点数差でも最後まで諦めず、ダメだと思った時こそ思いっきり踏み込むんだ。そうすれば高く飛んだ分だけ自分を超えられる」


 春彦はどんな時でも自分を信じて諦めなかった。


 それが今の夕璃に必要な事だと気づいた。


「どれだけ上に登り詰めても敵わない相手がいて、自分より上手い仲間がいる。でもそれが。自分より上のやつがいることは絶望じゃない。自分が越えるべき壁だ。その壁の前で絶望している時間があるなら登る方法を考えて登れ。そして越えろ」


 春彦は夕璃が相談してきた時には、どうして悩んでいるのか大体分かっていた。


 だから今の夕璃の現状を変えられる言葉を紡いだ。

 そして、春彦が紡いだ言葉は夕璃の胸に深く刺さった。


「ありがとう兄さん」

「お前ならやれるさ。夕璃の熱い想いは昔から知ってるからな。今の人生物語が望んでいるようにいかないのなら変えてしまえ。転んでも綴り続けろ。それはいつかきっと形になる。お前は俺の知る一番最強な主人公だから大丈夫だ」


 この日の春彦の言葉を、夕璃は一生忘れることはないだろう。


 春彦は夕璃にとって一番近くの、一番最強の主人公だから。

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