第48話 分岐点

 遥斗の過去を聞いた後、夕璃は敗北を噛みしめながら小説を書き続けた。


 初めて『俺ラノ』が書店に並んでからちょうど二年の歳月が経ち、十巻に及ぶ『俺ラノ』は堂々の完結を果たした。


 夕璃は二年前と同じ真夏の太陽が照りつける中、秋葉原の書店に一人で足を運んだ。


 書店には完結のポスターや、タワー積みなどがあり、完結を祝福してくれている。


 だが、『俺ラノ』のポスターの隣には『それ世界』のアニメ化決定のポスターが貼ってあり、平積みされた『それ世界』の帯にもアニメ化の情報が書いてあった。


 アニメ化が一般に公開されたのは一昨日の話で、今もSNSでトレンド入りしている。

 アニメ放送前に原作を読もうとする新規ファンも増えている。


 そんなうなぎ登りの『それ世界』を、夕璃はただ眺めることしかできなかった。


 この後は打ち合わせがあるので夕璃は出版社に向かった。

 会議室に入ると芹那がパソコンで誰かと話していた。


「お、来たか夕璃。今日はカクと一緒に打ち合わせだ」

 パソコンの画面にはカクが映っている。


「久しぶりだな少年。最近愛が連絡してくれなくなったんだが、愛は元気か?」

「久しぶりです。愛は今年から中学校に通っているので友達とばかり話してますよ」

「愛が、学校に行って友達もできているのか……」


 カクは成長した愛に対して感動の声を漏らしていた。


「今の『ただ変』の進捗ってどれくらいなんですか?」

「当然締め切りは破ったがもう書き終わってるぞ。修正したりするから発売は冬くらいになりそうだな」

「締め切りを破るのは当然じゃないぞ。だがまぁ、ブランクがあったのにデッドラインは破ってないから今回は上出来だろう」


 カクを褒めている芹那の顔は隈が目立っていて、以前よりも疲労が出ていた。


「芹那さん、最近休んでいますか?」

「全く休めていないな。でも心配ない。新しい出版社の話も順調に進んでいる。やっとこの前小さいビルを買うことができたんだ」


 芹那は出版社の立ち上げ以外にも、三人の作家と一人のイラストレーターの担当なので疲労はとてつもないだろう。


「そう言う夕璃もなんだか浮かない顔だな。新しい企画は思いついたか?」


『俺ラノ』が終わった今、新たな本を出さなくてはいけないので最終巻が書き終わった五月から企画を考えてはいるが、一向に思いつかない。


 それどころか、小説のことを考えると頭が真っ白になってしまう。


「いえ、まだです……」

「そうか。あまり思い詰めるなよ。夕璃もよくやっている」


 芹那の励ましの声も夕璃の心には届かなかった。


「そういえば英里奈の進捗はどうですか?」

 打ち合わせで何度か顔を合わせてはいるが、英里奈を焦らせたくはなかったので直接聞くことはなかった。


「そっちも順調だ。むしろ早いくらいだから今年中には出せそうだ。近日、発売決定の情報も公開される」


 夕璃は嬉しい反面、みんなが自分を取り残して進んでいることにより一層気づかされた。



 打ち合わせを終え、夕璃が会議室から出ていった。


「少年、もしかしたらじゃないのか?」

「恐らくな。最終巻までは突っ走って書くことができたが、それも仇となっているだろう」

「自信の損失と燃え尽き症候群ってとこだろうな。ここが少年の分かれ道になるだろう」


 今の夕璃はこのまま行けば作家として死ぬ。


 カクほどの人気をまだ確立していない夕璃は、長期間本を出さなければ忘れられる可能性もある。


「でもこれは夕璃の問題だ。あいつが再び立ち上がれた時、きっと遥斗を超えることができるだろう」


 芹那は夕璃を信頼しているが、一抹の不安は拭いきれなかった。

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