第19話 ドタバタ水着回
照りつける太陽はもはや兵器と言っても過言ではない。
夏のピークが過ぎた九月上旬だが、外は灼熱地獄と化していた。
さっきまで乗っていた深碧色とミルキーホワイトの四両編成の江ノ電が唯一の生命線だった。
夕璃は二ヶ月前桜華と英里奈と約束していた海に来た。
芹那と遥斗と美波も誘い、全員が一同に集まったのはこれが初めてだ。
江ノ島駅で降りた夕璃達は片瀬東浜海水浴場に向かっている。
「涼しそうな店があるぞ。寄っていかないか?」
「もうすぐで海なんだからいい加減諦めなさい」
夕璃の必死な抵抗も虚しく桜華に咎められてしまった。
車だと渋滞に巻き込まれる恐れがあるため電車でやってきた。
しばらく川沿いを歩いていると、磯の香りが漂ってきた。
もしかするとこの川はすでに海水かもしれない。
そう思いながら夕璃達は進んでいった。
開けた道に出ると手前と奥に二本の橋がかかっていて、正面には観光案内所がある。
手前の橋は弁天橋、奥の橋は片瀬橋と言うらしい。
観光案内所のそばに下に降りる階段があり、そこにはトンネル状になった江ノ島と東浜、西浜に行ける分かれ道があった。
左側が東浜なので左に進むと視界が突然明るくなった。
広大な砂浜の先には煌びやかに光る海があった。
「海なんてもう十年近く来てなかったな」
「芹那さんは学生時代友達と来なかったんですか?」
「私の学生時代の話か?聞くのはやめておいた方がいいぞ」
口元は笑っているが目が死んでいる。
話を振った遥斗も申し訳なさそうにしている。
近くの海の家でロッカーと更衣室を借りて水着に着替えた。
夕璃は黒のシンプルなメンズの水着で、遥斗は赤がメインで黒と白のハイビスカスのような花柄のメンズの水着だ。
メガネを取った遥斗を初めて見た夕璃は、遥斗の顔を物珍しそうに見ている。
メガネを取ってもイケメンだ。
そして――筋肉がすごい。
夕璃も多少は筋肉がついているのだが、遥斗と並ぶと霞んでしまうレベルだ。
「まぁ容姿で大体わかっていたが予想通りバキバキですかそうですか」
「君も案外割れているじゃないか」
「お前と並ぶと霞むんだよ!」
夕璃が遥斗に向かって手の甲を向けてしっしっとジト目で払うようにしていると、四人が同時に更衣室から出てきた。
「これはまた……」
二人は四人の水着姿に呆気を取られた。
「そんなに私の水着が刺激的だったか?」
刺激的と言われればすごい刺激的だ。
芹那の水着は濃い赤みの紫色のフレアトップビキニだ。
おまけにサングラスをかけていてより大人の女性の雰囲気を醸し出している。
フレアトップビキニは胸元にフリルがついているため、本来は普通のビキニと比べて胸の露出度が少なくエロさよりも可愛さが強いはずが、芹那が着ると溢れんばかりの胸がフリルの下にあると想像してしまい余計にエロさを感じる。
「すっげぇエロいです」
「正直なのはいいことだが今回は可愛さをメインにしようとしたんだぞ」
夕璃に可愛さを褒められなかったので少し拗ねてしまった。
「さくらだって負けてないからね!」
そう言って桜華は胸を張り、水着を見ろと言わんばかりに強調してくる。
桜華の水着はパステルピンク色のシンプルなビキニで、胸元には赤色のリボンが着いておりビキニパンツには多少のフリルがついている。
そのため、胸元のエロさと幼さが釣り合っている。
「すごく似合ってると思うよ」
「桜華って感じだな。幼い感じが似合ってるぞ」
「ねぇそれ褒めてる?!」
怒って桜華が飛び跳ねている。
――水着で飛び跳ねられると破壊力がすごいな……
思わず桜華の胸元をまじまじと見てしまった。
「ゆうくん私の水着はどう?」
少しもじもじとしながら頬を紅潮させ、上目遣いで夕璃に水着をアピールする。
英里奈の水着はブルーチェックのトップスとフレアパンツ。
全体の露出は四人の中で一番控えめだが、その分美しさが出ている。
「美しさと可愛さが両立してる感じでめっちゃ似合ってるぞ」
夕璃の言葉を聞いて英里奈は安堵の笑みを浮かべた。
美波の水着も芹那と同じフレアトップビキニでエメラルドグリーンの色をしている。
胸の露出は控えめだ。
「美波もすげぇ似合ってるよ」
「ありがと」
美波は素っ気なく返事を返した。
――美波は男達に見てもらうために水着を着てるんじゃないから、そりゃそうか。
そんなことを考えていると、桜華が美波の水着を絶賛していた。
夕璃に褒められた時よりも明らかにニヤついていて嬉しそうにしていた。
ともあれ全員水着に着替えたので早速ビーチに出た。
砂浜にレジャーシートを敷いて、借りたパラソルとビーチチェアを置く。
桜華と英里奈は待ちきれず海に走って行った。
芹那は遥斗にサンオイルを塗ってもらっている。
いつもは余裕なオーラを出している遥斗も少し緊張していた。
美波はただひたすらパラソルの中で海を見ていた。
「お前はみんなと遊ばないのか?」
振り返ると美波は、鼻から大量の血を流してた。
「ここから桜華の水着を見ただけでもこれなのに一緒に遊んだら死ぬかも」
予想以上に重症だった。
「せっかく来たんだから後でみんなで遊ぼうぜ」
夕璃はそう言葉を残して海に向かった。
海では浮き輪の輪に入りぷかぷかと浮かぶ二人が泳いでいた。
「お前らふつー海とか来たら水の掛け合いみたいなイベントがあるんじゃないのか?」
「「え、そうなの?」」
――ないのか?!
夕璃はこれまで女性と海に行く経験がなかったため、アニメの水着回で定番のように行われてきた水の掛け合いは現実でも行われていると思っていた。
「掛け合うよりこーやってぷかぷかしてた方が気持ちいいし、波が来た時の浮く感じが海でしか味わえないんだよ」
英里奈の顔が、海の気持ちよさと太陽が直接照りつける暑さによってだらんとしている。
突如、桜華がバランスを崩して浮き輪から落ちる。
その時、水しぶきが英里奈にかかった。
「いったー!海水が目にしみる、やったなー!」
海水をかけられた英里奈は起き上がった桜華の顔を目掛けて水をかける。
「痛いー!お返しだー!」
そう言って二人は水の掛け合いを始めた。
「結局掛け合いするんじゃねぇか」
心の中では呆れていた夕璃だが、二人の楽しそうな様子を見て自然と笑顔が出ていた。
昔のように二人と遊べた夕璃はどこか少し少年のような顔をしていた。
「僕達も混ざりますか?」
「せっかくだし子どもの遊びに大人が本気になってみるか」
「そろそろ鼻血治まったし大丈夫だよね」
浜辺にいた三人も海に入って無邪気に水を掛け合い続けた。
終始笑顔だった六人は、いつかまた海に来ようと約束した。
その後海の家で昼食を済ませ、バナナボートに乗って日が沈むまで海を満喫した。
おかげで帰りの電車では夕璃と芹那以外はぐっすり寝てしまった。
電車の中で突然夕璃は芹那に肩を叩かれた。
「これを見ろ」
芹那は自分のスマホの画面を見せた。
そこには一件のメールが表示されていた。
宛名は――坂道カク。
『秋に日本に戻る。例の少年に是非とも会わせてくれ』
と書いてあった。
「それじゃあ坂道先生に会えるんですね」
「あぁ。お前の力であいつを動かすんだぞ」
「はい!必ずあの人の心を、人生を変えてみせます」
憧れの作家に会えることに期待に胸を踊らせていると、突然右肩に重さを感じた。
「たまにはこうやって甘えてみるのも悪くないな」
芹那は夕璃の肩に体重を預けた。
どこか安心した表情でそのまま眠りについてしまった。
「不意に可愛くなるところがずるいなぁ」
徐々に重くなってくる瞼を抗うことなく閉じて、夕璃も芹那に寄りかかり眠りについた。
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