第20話 神と対峙する
長いトンネルを越えると、紅葉で赤く染まった美しい山々が顔を出した。
夕璃は思わず車窓に顔を貼り付けて見てしまった。
「秋の山は綺麗ですね」
「群馬県の奥は秋になると山が綺麗だって有名だぞ」
「あ、写真撮っておいてね。また資料が増える」
海の帰りに坂道カクから来ていたメールどおりに秋となった十月上旬の今日、夕璃と芹那そして英里奈は新幹線で新潟に向かっている。
「私に会わせたい人って誰なんだろう」
「それは着いてからのお楽しみだ」
夕璃と芹那は坂道カクに会うためだが、英里奈は坂道カクと一緒にいるある人に会わせてやると芹那に言われついてきたのだ。
東京から二時間で新潟駅に到着した。
十月だがここは少し肌寒い気温だ。
駅から少し遠いところは辺り一面田んぼで、そんなところにぽつんと一軒大きな和風の木造の家がそびえ立っていた。
屋敷のようなその大きさの家は、木の塀に囲まれていて、木造の門の右横にはカメラ付きの最新呼び鈴がついていた。
「ここがあいつの家だ」
「結構田舎にあるんですね」
周りには田んぼしかなく、コンビニは調べてみると約500メートル先らしい。
「田舎の方が家の値段が安かったんだろ。あいつは海外のものから日本のものまでたくさんの物を持っているから大きい家じゃないと収まらないんだ。以前は東京にも家を借りていたが今はあっちに用がないから借りていないそうだ」
芹那の話だけ聞くと、ものすごく真面目で堅い人に聞こえる。
一体坂道カクとはどのような人なのだろうか。
緊張して震える指で呼び鈴を鳴らす。
程なくしてカタカタとゆっくり下駄の音が聞こえてきた。
門がギギギって軋むような音を立てて開く。
「おじ様から話は聞いている。芹那で間違えないな」
門を開けて出てきたのは、腰まである長い黒髪で黒の浴衣を纏い下駄を履いた和風の少女だった。
大人の芹那に対して一切の敬語を使わないふてぶてしい態度。
「そうだ。お前は誰なんだ?」
「話は中でする。おじ様が待ちくたびれている」
そう言って少女はくるりと後ろを向き、屋敷に戻っていった。
夕璃たちも彼女について行き、屋敷に上がり長い廊下を歩くと一つの部屋に通された。
「ここにおじ様とその客人がいる。入れ」
「案内してくれてありがとうね」
英里奈が優しい声色でお礼を言うも、少女は返事を言わず長い廊下を歩き消えていった。
芹那は一歩前に出て
案内された部屋の中では――
男性が二人大宴会をしていた。
「だよな!!あの話泣けるよなぁ!」
「全くです!主人公が主人公になる話ってなんすか!めっちゃ燃えるじゃないですか!」
案内された和室では男性二人が宴会を行っていた。
酒を飲みながらアニメについて熱く語り合っている。
そのせいか、夕璃たちが入ってきたことに気づく様子は一切ない。
「あ、あの……」
英里奈が恐る恐る声をかけようとすると芹那が制止した。
「久しいな――カク、コチ先生」
芹那の声を聞いて二人の男性は語り合いを一瞬でやめて夕璃たちの方を見る。
「四年でいい女になったじゃねぇか――芹那の嬢ちゃん」
「ちーっす!芹那ちゃん。出会った当初はおどおどしていたのに、まさかこんなにいい女性になるなんて」
「紹介しよう。彼が例の作家の夕璃だ」
夕璃は不意に紹介され一瞬ビクッとしたものの、すぐに落ち着いて自己紹介をした。
「お前さんが俺の心に衝撃を与えてくれると言っていた作家か」
「よく目が澄んでいますね」
先程までの酔いと熱が嘘だったのかのように、二人は冷静に夕璃をじっくり見て分析している。
「悪い、こちらの紹介がまだだったな。俺は坂道カク――今は忘れられた昔の時代の作家だ」
笑いながら自虐ネタを言っている、銀色の短髪で髭がかっこよく、肌が焼けている男性――坂道カク。
その姿は明るく、貫禄がある。
「私は坂道先生のイラストレーターのコチっていうッス。私ももう昔の時代のイラストレーターっスね」
色白の痩せ型でセットされている茶髪が若々しく、少しチャラく見せている紳士――コチ。
夕璃にとって二人は雲の上の存在にして夢を与えてくれた恩人だ。
二人は『Re:tall』と『ただ変』の作者とイラストレーターなのだから。
「あなたがコチ先生なんですか……?」
英里奈は目を見開いて唖然とした。
本来会う約束をしていなかった自分の憧れのイラストレーターに会えて言葉を失っている。
「英里奈を呼んだ理由は今日ちょうどカクとコチ先生が会う約束をしていると聞いてな。英里奈の憧れがコチ先生だと教えてくれた夕璃が英里奈も連れて行こうと提案したんだ」
「俺たちはこの二人が創り上げた小説に憧れたんだ。憧れの二人に俺たちは会えたんだよ」
十年前に憧れてそして同じ職業になって会う。
これほどの感動はなかった。
夕璃たちはカクの書斎に場所を移した。
夕璃はキャリーケースから資料と二冊の本を出した。
これは『俺ラノ』一巻と先月発売した二巻とプロット、キャラ設定などが載っている資料だ。
「これが俺の小説とその資料です。この小説でいずれ必ず坂道先生の心を動かします」
「わかった。読んでみよう」
そう言ってカクは夕璃から資料と『俺ラノ』を受け取り、読み始めた。
英里奈も何やら分厚いファイルを取り出してコチに渡していた。
「これは私が描いた絵です。いつかコチ先生を超える絵を見てください」
夕璃は事前に今まで描いた絵をありったけ持ってこいと言っていた。
「私の絵を超える……すげぇわくわくするっス!」
二人が書斎に籠り五時間が経過した。
辺りは暗闇に包まれていて周りに街灯のないここらは、本当の暗闇と化していた。
夕璃がぼんやりと外を眺めていると、芹那に声をかけられた。
「あいつが呼んでいるぞ。どうやら読み終わったようだ」
二人は再び書斎に足を運んだ。
「お前さんの小説読ませてもらったよ。内容は面白かった。情熱がよく伝わってくる良い小説だ――でもこれではまだ心を動かすことなんて到底できない。いいか、小説は心から書くんじゃない。魂から書くんだ。人が唯一偽ることができない心の核――魂から願うように、叫ぶように書くんだ」
心からの叫びじゃ足りない――魂からの叫びではないと、人の心は動かせない。
夕璃は自分がどれほど未熟かを思い知らされた。
「英里奈ちゃんの絵も見させてもらったっス。楽しさと情熱を兼ね備えた、いい絵だったっス。でもそれだけでは今後、この業界では生きていけないっス。もっと感性を磨くんっス。多様な考えと感じ方を身につけて技術を磨けばもっといい絵になるっスよ」
二人は憧れの存在がどれほど遠くて偉大かを改めて心から痛感した。
「魂から小説を書ける人はそう多くない。参考になるかは分からないがこの家にも一人いるぞ」
そう言ってカクはスマホを取り出し、誰かにメッセージを打ち始めた。
しばらくして書斎の扉が開くとそこには――
「何の用ですか、おじ様」
夕璃達を案内してくれた浴衣の少女が現れた。
「紹介する。こいつは最近作家としてデビューした十二歳の俺の姪の
「よろしく――底辺作家と底辺イラストレーターとポンコツ編集者」
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