第3話 ライバル

 あれから三日、夕璃の家にあの三人が出入りすることは一度もなかった。

 

 今夕璃はまもなく書籍化される夕璃の小説『俺はラノベ主人公じゃない』略して『俺ラノ』の打ち合わせをするためHG文庫に足を運んだ。

 

 打ち合わせには芹那と英里奈がいたが特に言い争いや誘惑などもなくまるで三日前の修羅場が嘘のようだ。

 

 打ち合わせは順調に進んだため一時間で終わり、夕璃達は会議室を後にしようとした。

 

 すると一人の男がノックをして入ってきた。


「芹那さん、昨日渡された修正箇所全て直してきました」

「さすがだな。いつも仕事が早くて助かる」

「いえそんなことは――あれ?もしかして夕璃君だよね?」

 

 その男は夕璃と同じくらいの高身長で黒髪のナチュラルショートに眼鏡をかけている。

 

 そして夕璃はこの男を知っている。


「何の用だ、入江遥斗いりえはると

 夕璃が険しい顔で遥斗を見つめる。


「もしかして今、君の書籍化される小説の打ち合わせが終わったところかな?」

「あぁ、そうだよ」

  夕璃は心底嫌そうな声で適当に答える。


「そちらの方はイラストレーターさんかな?」

 遥斗は英里奈に一礼した。


「はい。ゆうくんのイラストを担当させていただく七里ヶ浜英里奈と申します」

 英里奈も礼儀正しく自己紹介をして一礼した。


「随分イラストレーターさんと仲がいいんだね。僕が聞いたことない名前ということは新人さんかな?」

「はい。今回がデビュー作となります」

「新人作家と新人イラストレーターの小説か。楽しみにしてるよ」

「嫌味にしか聞こえないな」

 

 遥斗は夕璃が副賞に受賞した第十五回HG文庫大賞授賞式の大賞受賞者だ。

 

 夕璃はあの日のことを決して忘れない――


 

 あれは一月の上旬。

 

 受賞者と何人ものプロの作家が集まり受賞式が開かれたあの日。

 

 夕璃の元に遥斗が来たのだ。


「君は夕璃君だよね?僕は入江遥斗だ。よろしく」

「はい。夕璃です。よろしくお願いします」

 

 最初は親睦を深めようと話しかけてきた明るい人だと夕璃は思っていた。

 

 だが違った。


「君の小説読ませて貰ったよ。君と僕の担当編集者さんは偶然にも同じだったんでね。僕と君の小説の差は歴然だったよ。書籍化されるのが待ち遠しいよ」

 

 夕璃はその言葉を聞いてわかった。

 この人は親睦を深めようとしているのではない。

 自分より下手な人を貶しているんだと。

 

 夕璃はその日から遥斗を嫌って敵視していた。


 

 彼は芹那に要件を伝え終わって会議室を出ていった。

 

 夕璃と英里奈は打ち合わせが終わるとそのまま帰っていった。

 芹那も会議室を出て編集部に戻っていった。

 

 その道中。

 

 曲がり角で遥斗が壁に腰掛け芹那を待っていた。

「お前は人が悪いな」

「僕は本当のことを言ったまでですよ」

「確かに。そうだな」

 

 芹那はどこか面白そうにしていた。


 

 夕璃は英里奈と久しぶりの再会で積もる話もあるため、自宅でゆっくりと話すことにした。


「ゆう君。この前はあんな再会だったけど改めて会えてすごく嬉しい」

「六年前はあんな別れ方だったからまた会えて嬉しいよ」

 

 夕璃の言葉に英里奈は顔を紅潮させて俯いてしまった。

 

 そんな良い雰囲気もものの数十秒でぶち壊された。

 

 空気を読まない呼び鈴が部屋中に鳴り響く。

 夕璃はため息をついてドアを開ける。

「やっほー夕璃。来ちゃった」

 

 夕璃はドアを一度閉めた。

 

 訪れたのは桜華と美波だった。

 

 美波は桜華に半ば強引に連れてこられたのだろう。

 桜華が今英里奈と会うとまたこの前のような修羅場になるに違いない。

 

 夕璃がそんなことを考えていると勢いよくドアが開いた。


「ちょっと!なんで閉めるの!」

 桜華はポコスカと夕璃を叩く。


「今英里奈いるけどいいのか?」

 夕璃は英里奈がいることを正直に話した。


「あの人は夕璃を誘惑したりしなさそうだから別にいいよ。変な真似をしたら容赦なく潰すけど」

 真顔で物騒なことをつぶやく桜華を呆れた顔で夕璃と美波が見る。

 

 二人がリビングに上がり込んでも英里奈は怒ったり桜華に敵意を向けることなかった。

 

 四人はテレビゲームやボードゲームなどをして楽しんだ。


 しばらくすると英里奈と桜華は体を伸ばし、寝てしまった。

 夕璃も睡魔に襲われ始めたその時、呼び鈴が鳴った。

 

 微かに残る睡魔に耐えながらドアを開けると訪問者は芹那だった。


「今から夕璃はこの家から出ることを禁ずる。なお私の監視下に置く」

 

 急に訳の分からないことを口走った芹那は夕璃を引きずりリビングに投げる。


「ちょっとどういうことですか?!」

「本当は三日後に改稿が終わった夕璃の小説を私が誤字脱字を確認して印刷し、二ヶ月後に書籍化されるはずだった」

「はずだった?」


「ああ、だが急遽丸々一章分の改稿が必要になってな。さらに私の確認作業を押したとしても三日後までには改稿を終わらせないといけない」

 

 そんな無茶苦茶な……

 丸々一章分の改稿を三日後までに終わらせるなどプロの作家でも難しいだろう。


「だから今日から夕璃の自宅で缶詰めしてもらう」

「でも今こんな有り様ですよ……?」

 夕璃は呑気に寝ている二人を指して苦笑した。


「そうか、なら三日間、別の場所で書いてもらうか」

「え?普通、帰らせますよね?」

「よし、千葉に以前に行ったとても良い旅館がある。そこに行くぞ」

「わざわざ千葉まで行くって絶対缶詰めが目的じゃないですよね?」

 

 夕璃は多少の不安はあったものの、すぐに支度をして置き手紙と合鍵を唯一起きていた美波に託し、芹那の車で千葉の旅館へと向かった。

 

 美波は「後で二人に何されるかわからないよ」って言っていた。

 

 置き手紙には『三日間芹那さんと缶詰めのため旅館に行きます』と書いておいた。

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