第56話 主人公の形
春彦がアメリカに飛んでから一ヶ月が経った。
その間、夕璃は春彦の言葉で何度も心を奮い立たせて小説を書こうと試みた。
だが、頭にモヤがかかり小説を書くことはできなかった。
そんな不甲斐ない自分に、激しい苛立ちを感じていた。
日々夕璃の目から生気が失われていく。
そんな夕璃を見兼ねて、愛はカクに連絡した。
「にぃが小説を書こうと頑張ってるけど書けなくて元気がねぇです。助けてあげてほしいです」
「本来は自分で何とかするから成長するんだけどなぁ。でも少年もここまでいろんな人に声をかけられ、頑張ってきたんだろ。そろそろ助言してやるか」
後日カクは東京に打ち合わせに来ていたので、帰りに夕璃を食事に誘った。
HG文庫の近場で海鮮系がメインの居酒屋に二人は足を運んだ。
そこで二人はお酒に合うようなつまみと日本酒を注文した。
「今日はお誘いありがとうございます」
「近くまで来ててそのついでだ。それに愛のこと、本当にありがとうな」
カクはすでに愛が学校に行っていることを知っている。
勉強も余裕でついていけていると聞いた時は仰天していた。
二人はラノベ業界のことや、愛のこと、『ただ変』に、『俺ラノ』など様々な話を酒を片手に延々と話していた。
酔いが回ってきた頃、カクはいよいよ本題を切り出した。
「最近、小説が上手くいってないそうだな」
その言葉に夕璃は一瞬身震いして、カクに懇願するような眼差しで口を開いた。
「はい。小説を書こうとすると頭にモヤがかかるみたいになってしまって。スランプってどうやったら抜け出せるんですか?」
その問いに、カクは数秒唸りながら答えた。
「それは人それぞれだが、おそらく少年のスランプの原因は小説を書く目標がはっきりとしていないからだろう」
カクの答えを聞いても夕璃はピンと来ていない表情をしていた。
「少年は何を目標に、何を力にして小説を書いている?」
「俺は主人公になるために小説を書いています」
「なら、少年の主人公の形がぶれているんだ。どんな主人公になればいいか、ここに来て分からなくなったってところだろうな」
夕璃は納得できなかった。
今まで桜華の隣を歩くために、桜華だけの主人公になるために、小説を書いていたのに今更ぶれる筈がない。
「今更ぶれる筈がありません。ずっとそのために小説を書いていたんです」
「じゃあ無意識のうちになりたい主人公の形が変わってしまったんじゃないのか?」
「じゃあどうすればそれに気づけるんですか?」
「それは、やっぱり気づくきっかけ――衝撃を受けるしかないんだよ」
夕璃は自分の力だけでスランプを脱出できないことに、己の無力さを感じた。
「自分が欲しいもの、手にしたいものをよく考えるんだ。俺は少年を認めている。だから大丈夫だ」
夕璃は今の自分が憧れの人に認められていることに純粋に喜べなかった。
その後もカクとお酒を酌み交わして食事をしたが、夕璃の頭に入ってこなかった。
カクとの食事後、夕璃は自宅のデスクの前で桜華への想いを吐きながら小説を書こうと努力していた。
だが――
「なんで、なんで書けないんだ!俺は本気で、桜華のことが……」
桜華への想いが偽物な筈がない。
夕璃は自分の本当に欲しいものをひたすら考えた。
「俺の、欲しいものは、求めているものは、なんだ」
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