第55話 一生ものの宝
暑い夏は終わりを告げ、紅葉がちらほらと見えるようになっていた。
夕璃と桜華と愛は春彦の結婚式に来ていた。
二ヶ月という短期間で準備をしたので、一般的な結婚式より少し規模が小さくなってしまったが、それでも会場に訪れた時は教会のような白を基調とした、煌びやかな内装に心を奪われてしまった。
招待されたのは春彦と亜梨沙の親族、二人の友達、桜華と愛、そして後にゲストとして登場する加隈夫婦とその子どもの咲絆だ。
夕璃は両親と少し話した後、指定された席に桜華と愛と座った。
「結婚式に来たのは初めてだからちょっと緊張する」
「桜華の結婚式じゃないだろ。というか子どもの愛が大人しくしてるんだからキョロキョロするなよ」
そう言って夕璃が愛を見ると愛は極度の緊張と人の多さで、綺麗な姿勢で座ったまま正面を向いてピクリとも動いてなかった。
「さくらより愛ちゃんの方が重症じゃん」
式が始まるまでに少し、愛の緊張を解くことができた。
牧師が入場し正面の台に立つと、招待された人達は一斉に静かになり、起立して体をバージンロードに向けた。
牧師の言葉が終わるといよいよ結婚式が始まった。
最初は新郎の春彦だけがゆっくりと入場した。
春彦が入場し終わると、後ろから父親と亜梨沙が一歩ずつ入場した。
途中で亜梨沙の隣を歩く父親が春彦と交代し、新郎新婦はゆっくりと牧師の前まで歩いた。
それから牧師が誓約を読み上げ、新郎新婦は約束をして指輪の交換をした。
その後は誓のキスが行われたが、夕璃の両隣は顔を真っ赤にして自分がされているかのように恥ずかしがっていた。
そして挙式が終わり、披露宴が行われた。
披露宴は隣に建てられている宴会場で行われる。
新郎新婦が入場し、挨拶をして乾杯の音頭をとるという流れだ。
挨拶が終わり乾杯の音頭をとろうとした時、司会が突然マイクを持った。
「乾杯の前に新郎の御友人がゲストで来ています」
突然の出来事に春彦だけが困惑していた。
加隈夫婦がゲストで来ることは春彦だけが知らないのだ。
スポットライトが宴会場の入口に当てられ、二人は咲絆を抱いてゆっくり扉を開けて入場した。
春彦はすぐに慧と唯衣だと気づいた。
高校時代の楽しく、そして少し寂しい思い出が春彦の脳裏に過ぎる。
その時の春彦の顔は困惑した表情から徐々に笑いに変わっていた。
「二人とも、どうしてここに。それに結婚して子どももいるんだな。結婚おめでとう」
「自分の結婚式で他人の結婚を祝う新郎がどこにいるんだよ」
九年越しの再会で、言葉が滝のように溢れ出す春彦に慧はつっこみをいれる。
二人のやり取りで周りの人達も笑っていた。
「たしかにそうだな。その、高校時代の時は――」
「ありがとう。今の俺たちがいるのも、咲絆がいるのも全て春彦がいてくれたからだ」
突然バツが悪そうにした春彦の言葉を遮って慧はお礼を告げる。
「はるはる、また三人で一緒に遊ぼうよ」
「あぁ。今度はもう誰一人バラバラにはならないようにしないとな」
再会した三人は、誰もが別々の道を歩んでいたが今も歩幅を合わせて隣を歩いていた。
それから披露宴は順調に進み、あっという間に春彦と亜梨沙にとっての一生に一度の時間は過ぎていった。
次の日、春彦、慧、唯衣は夜通し居酒屋で話しながら酒を酌み交わした。
三人は何時間話しても話題は尽きることなかった。
この二人との絆、結婚式の思い出は春彦にとって一生ものの宝となった。
―結婚式から一週間後―
夕璃、慧、唯衣が春彦がアメリカに飛び立つのを空港まで見送りに来た。
「みんな、本当にありがとう。またすぐ日本に戻るよ」
「そしたらまた三人で遊ぼうよ」
慧と春彦は「そうだな」と笑った。
「夕璃、結婚式の提案をしてくれてありがとう」
「兄さんの思い出になってよかったよ」
「今度は夕璃君がアメリカに来てね」
夕璃は亜梨沙の言葉に強く頷いた。
そしてアメリカ行きの飛行機の入場が開始した。
四人は手を振り春彦、亜梨沙、翔夢を見送った。
春彦はゲートをくぐる直前、振り返って夕璃を見た。
「夕璃、お前ならやれる。必ず主人公になれ」
そう言い残してアメリカに飛んだ。
夕璃は隠していたぼろぼろの心を、兄の言葉でなんとか奮い立たせることができた。
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