第41話 私達は誰一人欠けない日常がほしい

 芹那は編集長室を後にし、会議室に向かった。

 

 この後英里奈に大切な話があるのだ。

 

 会議室に入ると既に英里奈が座っていた。

「すまない、待たせてしまった」

「大丈夫ですよ。それで、大事な話って何ですか?」

 

 芹那は英里奈の向かいに座り、話した。


「話は二つだ。一つはさっき決まったことだが、私は新しい出版社を建てることにした」

「え、すごいですね!芹那さんの出版社って楽しそう」

 

 英里奈は驚きながらも、新しい出版社を想像して微笑んでいた。


「そう言ってくれると嬉しい。そこでお願いしたいんだが、うちの出版社に来てくれないか。後で夕璃と遥斗も誘うつもりだ」

 

 英里奈はそのお願いを聞いた途端、顔を明るくして喜んだ。


「いいですよ。ゆうくんや遥斗さんも絶対承諾してくれますよ。なんかいいですね、私達の居場所みたいで」

「あぁ。必ずクリエイターが全力を出せるようにバックアップできる出版社にしてみせるよ」

「期待してます」

 

 英里奈の快諾に芹那はホッとした。


「それで二つ目の話なんだが、私が建てる出版社で初めての画集を出してみないか?」

 

 英里奈は画集という単語を聞くと、目を見開き声も出ないほど驚いていた。


「本当に私でいいんですか?」

「当たり前だ。デビューしてから約二年で英里奈はとても成長した。その成長を画集に全てぶつけてみないか?」

「分かりました。やります――やらせてください!」

 

 芹那は英里奈の決意の籠った目を真っ直ぐ見て頷いた。



 二人は打ち合わせを終え、会議室を出た。

 

 すると前から桜華が歩いてきた。


「あ、桜華!久しぶり。もうバイト終わったの?」

 「久しぶり、英里奈。ちょうど今終わったから帰るところ」

 

 桜華がバイト終わりだと知った英里奈は、二人にある提案をした。


「じゃあこの後三人で私の家に来ない?」

「さくらはいいけど芹那さんはまだ仕事あるんじゃない?」

「いや、今日は打ち合わせだけだったからもうないぞ」

「じゃあ行こう!」

 

 二人の予定が空いていることを確認した英里奈は、うきうきしながら二人を家まで連れて行った。



 二人は英里奈の家に着くとアトリエを見せてもらった。

 

 初めて来た時の夕璃同様、とても驚き、関心を持っていた。

 

 二人はアトリエを一通り見ると英里奈にリビングに案内され、女子会が開かれた。

 

 小一時間ほど、英里奈がいれてくれた紅茶を飲みながらお菓子を食べ、それぞれの近況を和気あいあいと話した。

 

 新しい出版社のことは桜華にも話し、桜華は夕璃が承諾したらしっかりと面接を受けて芹那の出版社に入ると言った。

 

 そして話題は初めて会ったあの日のことになった。


「それにこの顔ぶれが初めて会ったのは二年前のあの時だよな。まさかお茶をするような仲になるなんて驚いたよ」

「桜華が芹那さんに敬語使ってるなんてほんと意外だよ」

 

 桜華は敬語のことを改めて指摘され、顔を赤らめて恥ずかしがっていた。


「一応先輩だからね。話変わるけど、二年経っても誰も動かないよね」

 英里奈と芹那は夕璃のことを言っているのだとすぐに理解した。


「実はだな……」

 そこで芹那は二人に失恋したことを明かした。


「私は後悔してないぞ。夕璃に会えたことでみんなに会えたんだ。この出会いは、この恋は無駄じゃない」

 

 芹那が失恋から立ち直っているのを、英里奈は羨ましいそうな顔で見ていた。

 英里奈は自分が同じ立場だったら立ち直れるかわからないからだ。


「実は私もゆうくんに告白しようと思ってる」

 

 突然の英里奈の発言に二人は驚きを隠せなかった。


「私の画集にイラストレーターを目指そうとした時から今までの全てと、ゆうくんへの想い全てをぶつけようと思ってる。その画集をゆうくんに見せて告白する」

 

 英里奈は本気だった。

 おそらくこの事を二人に伝えるために家に呼んだのだろう。


「私怖かったの。私が告白したらもう桜華とは仲良くできなくなるかもしれないとか。立ち直れずに筆を折ってしまうんじゃないか、とか。でも新しい出版社でみんなで仲良く、楽しく、全力で作品を作るんだ。筆を折ることなんてできない。私の――私達の居場所ができるなら多分、私は大丈夫。そう思えたから私は告白することに決めた」


「さくらは英里奈が夕璃に告白してどんな結果でも、これからもずっと友達のままだよ。さくらは誰一人欠けてないまま新しい出版社で作品を作りたい」


「英里奈の居場所は私が作る。だから必ず来てくれよ」

 

 芹那は分かっていた。

 英里奈が振られれば本人の予想する数倍心にダメージがいくことを。

 

 だから英里奈の居場所があることを強調した。

 英里奈という才能が、友達が心に傷を負ってどこかに行ってしまわないように。

 

 おそらく桜華も分かっている。

 

 だからこの場の全員は誰も欠けないことを望んだ。

 

 その後はまた明るい話に戻り、夜まで女子会は続いた。

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