第62話 羽ばたいた主人公達

 社会人になり二年目の美波は今、会社のオフィスで残業をしている。


「キツい。疲れた。大学生に戻りたい」


 美波は暗いオフィスで弱音を吐きながら雑誌の記事を書いていた。


「そう弱音を吐くな。終わったら私の家で食事でもしよう」


 後ろから缶コーヒーを二つ持ってやってきたのは美波が就職した雑誌出版社の社長――春浦千聖だ。


「えっちなこともしていいですか?」

「そ、そうだな。たまには……いいよ」


 顔を赤くして頷く千聖を見て、美波のやる気は回復した。


 現在、二人は付き合って一年目になる。

 すでにお互いの体の細かいところまで知り尽くしている。



 仕事を終え、千聖の家で食事をしてやることをやった美波は、千聖と同じベッドに寝っ転がりながらある提案をした。


「千聖さん。近いうちに私の親と会ってほしいです。そろそろ親に言おうと思うんです」


 美波はまだ両親に千聖とお付き合いをしていることも、同性が好きなことも言っていない。


「分かった。絶対会いに行こう」


 美波が乗り越えないといけない壁だと知っていた千聖は両親に会うことを約束した。



 一週間後。


 二人は美波の実家の前まで来た。


 美波は震える手で呼び鈴を押す。

 その手に千聖は自分の手をそっと添える。


「大丈夫よ」


 美波は笑顔で頷いた。


 程なくして美波の母が玄関から出てきた。


「久しぶりね、美波。そちらの方は?」

「お母さん実はね、この人は私がお付き合いしてる人なの」

「春浦千聖です。美波ちゃんとお付き合いをさせてもらっています」


 美波の母は一瞬驚いたものの、何も無かったかのように笑顔で二人を家に入れた。



 リビングに案内され、美波の両親と二人は向き合って座った。


「改めて聞くが、本当のことなんだな?」


 美波の父はもう一度美波に尋ねた。

 美波は震える声で強く「うん」と頷いた。


「なら父さんは応援する。美波が幸せになれるのならどんな人とお付き合いしようと構わない。そうだろ、母さん?」

「ええ。だって美波が選んだ人ですもの。ちゃんと幸せになるのよ」


 両親の温かい言葉で美波は我慢できず、号泣してしまった。


「必ず娘さんを幸せにします!私たちを認めてくれてありがとうございます」


 千聖は体を乗り出してお礼を言った。


 美波はこの日、やっとありのままの自分をさらけ出すことができた。



 それから季節は巡り、十月。


 夕璃の小説『俺は平和な日常がほしい』のアニメが放送されるため、たくさんの人が夕璃の家に集まった。


 結婚を機に、夕璃は一軒家を購入した。


 決め手はリビングの広さだった。

 リビングは二十五畳で、大多数が食事をできる特大のテーブルも購入した。


 そして今日はそんな大きなテーブルが埋め尽くされるほどの人数がやってきた。



 まずやってきたのは遥斗と芹那だ。

 二人は夕璃の担当編集が芹那から入社した新人の桜華に変わった時に告白をして、晴れてお付き合いを始めたらしい。


「アニメ化おめでとう」

「お前はついこの前、『それ世界』の二期がやってたけどな。芹那さん、今日は大勢いるんであんまり酔わないでくださいよ」

「もちろんだ。今日は最高の宴だ!飲むぞー!」

「遥斗、芹那さんはもうお前がどうにかしろよ」



 続いてやってきたのは加隈家族と春彦の家族だ。


 春彦はアメリカのバスケ選手をやめ、今は日本に活動拠点を置いている。


 そのため日本に家を建てたので、こうしていつでも会えるようになった。


 二つの家族はとても仲がよく、咲絆と翔夢は幼なじみだ。


「アニメ化おめでとう。新時代の作家さん」

「その呼び名はやめてください。慧先輩もまだ現役じゃないですか」


『俺は平和な日常がほしい』が『ただ変』を抜かして大ヒットしてから、それ以降にヒット作を書いた作家は『新時代の作家』と言われるようになった。


「ほら咲絆、おめでとうは?」

「夕璃おじさん、あにめおめでとう」


 唯衣に促され、五歳の咲絆はまだ何も分かっていないのにお祝いしてくれた。


「翔夢も咲絆ちゃんを見習っておめでとうって言いなさい」

「おめでと?」


 亜梨沙に促された三歳の翔夢は最早、何がおめでたいのかすら分かっていなかった。


「二人ともありがとう」

「本当に夕璃はデカくなったな。さすが自慢の弟だ」



 最後にやってきたのは美波と愛とエム――今日、帰国した三年ぶりに会う英里奈だった。


「久しぶり、ゆう君。ゆう君の活躍は海外まで届いてたよ。ちゃんと想いは受け取ったよ」

「久しぶり英里奈。これからはもう日本にいるんだろ?」

「うん。もう長い期間海外にいることはないかな」


 夕璃は安堵した。


 望まぬストーリーを変えることができる、そんな主人公になれたと夕璃は確信した。


「そういえばなんか美波は顔がすっきりしてるな」

「前に親に千聖さんを紹介して受け入れてもらったの」


 美波はピースをして英里奈と中に入って行った。


「お兄ちゃん久しぶり」

「おう。愛は一人暮らし寂しくないか?」

「もう十八歳で今年大学受験だからね?」


 愛は夕璃が引っ越してからもあの家で一人暮らしを続けた。


 すっかりにぃ、ねぇ呼びはやめたものの、まだ夕璃と桜華にはデレデレだ。


「エム先生の作品、この前アニメ化してましたね」

「そうなんですよ。やっとオリジナルのマンガをアニメ化してもらえたんですよ」

「お互いアニメ化クリエイターとして頑張りましょう」


 エムはコミカライズだけではなく、自分の作品も持つようになった。


 以前より出版社の男性と付き合っていて、去年は結婚式にも招待させてもらった。



 予定していた全員が夕璃の家に揃った。


 料理はテーブル一面に並べられていて、お酒はワインにビール、日本酒とたくさんの種類が冷蔵庫で待機していた。


 夕璃家族を含めて十四人の人達がアニメ化を祝うために集まってくれた。


「じゃあ乾杯の音頭はもちろん夕璃、よろしくね」


 桜華に乾杯の音頭を振られた夕璃は立ち上がって音頭をとる。


「では俺の小説のアニメ化を祝って――」


 乾杯の音頭の途中、隣の部屋から泣き声が聞こえた。


「夕璃の声がうるさいから想志そうしが起きちゃったじゃん」


 夕璃と桜華は慌てて隣の部屋に行く。


 隣の部屋でさっきまで寝ていたのは二人の子供――赤井想志0歳だ。


「乾杯したらさくら、想志を実家に預けてくるね」

 桜華は想志を抱いてグラスを持った。


「じゃあみんな小さくな。乾杯」

「「乾杯!」」

「うるさいわ!」



 これが夕璃の本当に欲しかった、騒がしく、楽しい平和な日常だ。


 そんな日常を求めた主人公は、日常を守り続けるために、今日も走り続ける。


 主人公の歩みは止まらない。

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俺は平和な日常がほしい ムーンゆづる @yuduki8

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