第61話 赤井夕璃

 夕璃が魂からの作品を書き上げてから半年。


 退院した芹那はこの作品をBS文庫で全力で売り出すことを決めた。


 そして夕璃の魂を込めた作品――『俺は平和な日常がほしい』が今日、書店に並んだ。


 そして偶然か、芹那の陰謀なのか、坂道カクの小説『ただ変』の最終巻と発売日が一緒なのだ。


 だが今の夕璃は『ただ変』にも勝てる気がしていた。


 それから一週間が過ぎると、ネットに『今月のラノベ人気ランキング』というサイトが掲載されていた。


 このサイトを毎月掲載してくれているのは一般人だが、作家たちの間では有名なサイトなのだ。


 夕璃は少し震えた手でサイトを開く。


 十位から書かれていて、スクロールしていくごとに順位が上がっていく。


 二位は『ただ変』だった。


 そして一位は――『俺は平和な日常がほしい』


 コメントには売り上げも評価も伝説の『ただ変』最終巻に勝利、と書いてあった。


 夕璃は一人家で喜び、駆け回った。


 後にこの出来事は、ラノベ業界の世代交代と言われるようになった。



『俺は平和な日常がほしい』の発売を祝して夕璃は桜華の家でお祝いをすることにした。


 夕璃の希望で今回は二人っきりのお祝いだ。


 料理は全て手料理で、お酒も普段は飲めないような代物を用意した。


「桜華も料理上手だな」

「愛ちゃんに密かに教わってたんだよ」

「愛直伝なら間違いないな」


 二人はお酒をグラスに注ぎ、桜華が乾杯の音頭をとった。


「二作品目の小説発売おめでとう。乾杯!」

「乾杯!」


 二人はグラスをぶつけてお酒を飲む。

 桜華の手料理と高級なお酒のコンビは門出には相応しいものだった。


「そういえば夕璃。今日は言うことがあって二人っきりにしたんでしょ?」

「自分からそれを言うなよ。逆に言いにくくなるわ」


 桜華は待てをされ、しっぽを振る犬のように今か今かと待ちわびていた。


 夕璃は深く深呼吸をして、ありったけの魂からの想いを言葉にした。


「桜華。長い間待たせて悪かった。まだ完璧な主人公ではないけど、そんな俺をずっと隣で見守っていてほしい。俺と付き合ってくれ」


 すると、桜華は予想とは相反する表情を浮かべた。


「本当に長い間待たされたよ。五年だよ?」

「そ、そうだな。本当に悪かったと思ってるよ」

「じゃあ一つお願い聞いてほしいな」

「なんでも聞くよ」


 その言葉を聞いた桜華は一瞬、悪魔のような笑みを浮かべた。


「じゃあもう、結婚しよっか」


「え?」


 テーブルの上にスっと出された婚姻届に夕璃は恐怖さえ覚えた。


 本気だった。


「まずは段階を踏んでな……」

「五年の付き合いで段階も何もないでしょ」

 桜華に押される形で夕璃は婚姻届にサインした。



 後日、夕璃は桜華をデートに誘いしっかりとした形でプロポーズした。


 夕璃の第二の平和な日常が幕を開けた。



 そして、それから三年が経過した。

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