第33話 真実
夕璃の真剣な誘いに、桜華はもう二度と行かないと誓った実家に夕璃と共に向かった。
「そんなに真剣に誘って、どうしたの?まさか結婚の報告?」
桜華はまだ状況がわからなく、冗談を混ぜて話している。
だが、夕璃はまったく笑える状況じゃなかった。
これから話すことを知っているから。
二人は桜華の実家に入るとリビングに案内された。
妹二人は今日出かけてもらっている。
ついさっきまで冗談を言っていた桜華は家に入ると途端に不機嫌になった。
リビングのテーブルに桜華の両親と夕璃、桜華の二人が向かい合うように座った。
本当に結婚の報告のような状況だが、夕璃の頭にそんな考えはなかった。
この話の後、桜華はどんな反応をするのか。
ただそれしか頭になかった。
「桜華、二十歳おめでとう」
「おめでとう」
両親は桜華の二十歳のお祝いするが、桜華は全く嬉しそうにはしなかった。
「うん。それで話って何?」
辛辣な言葉使いで桜華は両親に尋ねた。
「これは桜華が二十歳になったら話そうと思っていたことなの。突然で信じられないと思うけど、しっかりと聞いてほしい」
そして琴美は静かに語り始める。
桜華の壮絶な過去を。
二十年前までは、琴美には姉がいた。
春花は典型的なギャルだった。
二十八年前、春花は同じ高校の男子と子どもをつくってしまい高校三年生で退学。
親には猛反対され、妹の琴美にも心配されたものの、家を飛び出し同じく退学した男子と結婚して、生まれてきた子どもと幸せな家庭を築いた。
だが、その幸せは長くは続かなかった。
「
「うるせぇな、お前が働いてるんだから十分だろ。それより金貸してくれよ」
「だからうちにはパチンコをするようなお金はないんだよ。
春花と結婚した
ついには春花に家事、育児、仕事の全てを押し付けるようになった。
最近は暴力もするようになり、何度も離婚を考えたが、受け入れてもらえなかった。
以前に瑞輝と逃げ出そうとしたことがあるがバレてしまい、瑞輝も酷い暴力を受けてしまった。
ここで私が我慢すれば――そう考えるようになった春花は光輝の理不尽な行動を自分一人で受け続けた。
光輝にとって春花は、お金を稼いでくれて、自分の欲望をぶつけるだけの存在でしかなかった。
そんな光輝との間に、二度目の望まぬ子どもができた。
――せめてこの子と瑞輝は幸せにしないと。
そのためにはやっぱりこの家から逃げるしかない。
今はお腹に子がいて、走ることすらままならないので春花はお腹の子が生まれたらこの家から逃げ出すことにした。
それから半年。
お腹の子が生まれた。
生まれる際に立ち会ったのは瑞輝と琴美だけだった。
両親は反対を押し切って出ていった春花とは縁を切っていた。
「お姉ちゃん、この子の名前どうするの?」
「そうだな……春花から生まれたから春の花の桜華なんてどうだ?」
「とてもいい名前よ」
「今日から僕がお兄ちゃんだから桜華とままを守るんだ」
桜華が生まれたことにより、瑞輝は兄としての責任を感じるようになった。
「ままのことも守ってくれるの?」
「うん。僕が絶対に二人を幸せにするんだ」
小学一年生の純粋無垢で、覚悟を決めたような言葉を聞いて春花は大粒の涙を流した。
――子どもだけに覚悟を決めさせるわけにはいかない。
退院後、すぐに家から逃げ出すことにした。
病院から家に帰らず逃げようともしたが、運悪く光輝が迎えに来ていたのだ。
その日の夜。
光輝の目を盗んで最低限の荷物をまとめ、逃げることを瑞輝に告げた。
瑞輝は「僕は足が速いから父さんの気を引いてから行くよ。その間に桜華を連れて逃げて」と言ってくれた。
最初は反対したものの、その作戦でないと逃げないと意地を張るのでその作戦でいくことにした。
琴美に逃げることを伝えると、時間に車を出してくれることになった。
夜中の三時。
作戦を決行することにした。
瑞輝はリビングでお酒を飲んで酔っ払っている光輝をベランダに連れ出した。
その隙に春花は桜華とかばんを抱えて静かに玄関に向かった。
だが、足元に散らばるビールの缶を蹴ってしまった。
瑞輝と外を眺めていた光輝はその音で振り返ってしまった。
「てめぇら……!何逃げようとしてんだよ!」
光輝は激怒し、春花と桜華を連れ戻そうとする。
だが、瑞輝が光輝の足に掴まった。
「まま!逃げて!」
光輝はすぐに足に掴まった瑞輝の頭を掴み、リビングに投げた。
瑞輝はその場でうずくまってしまい、春花も恐怖で逃げることができなかった。
「俺の娘を返せよ!」
光輝は春花に抱えられている桜華の足を握り潰すように持ち、引っ張った。
桜華は泣いてしまったが、桜華を抱えるのをやめたらこれから先、桜華の幸せはなくなる。
そう思った春花は桜華を離さなかった。
春花が一向に離さないので、光輝は春花のお腹に思いっきり蹴りを入れた。
春花は血を吐いてしまい、痛みで力を抜いてしまいそうだった。
だが、その時――
瑞輝が光輝の腕に包丁を刺した。
「痛てぇな!瑞輝、ただで済むと思うなよ!」
光輝は痛みで思わず、桜華の足を離してしまった。
その瞬間、春花は桜華を抱えて家を飛び出した。
「瑞輝!ついてきて!」
後ろを振り返りながら春花は走るが、瑞輝は来なかった。
「まま、僕は父さんを止めるよ。ばいばい」
母として絶対に見捨てたくなかった。
でも、ここで戻ってしまえば三人とも何をされるか分からない。
「ごめん……ごめん……」
血を吐きながら何度も何度も謝り、走り続けた。
春花は近くに止まっていた琴美の車に乗り込むことができた。
「お姉ちゃん、瑞輝は――ってどうしたのその血の量!」
春花はすでに大量の血を車で吐いていた。
「瑞輝は……光輝を止めてくれてる。瑞輝の、覚悟を無駄にしたくない。車を出して」
血を吐き、涙を流し、嗚咽する春花を見て琴美も覚悟を決めた。
瑞輝を残して車は病院に向かった。
深夜もやっている病院に電話をかけながら向かい、到着するとすぐに春花を手術室に運んでもらった。
手術が開始されたと思いきや、手術室の手術中の光は数分で消えた。
すぐに医者が部屋から出てきてこう告げた。
「残念ですが、春花さんはもう手術しても助かりません。内臓が破裂しています」
「そんな……」
桜華を抱きながら、琴美は床に崩れ落ちる。
「そのお子さんは春花さんの?」
医者が琴美に尋ねた。
「はい」
「では中に入ってください。もう時間がありません。最後に会わせてあげてください」
医者は二人を中に通した。
中には青緑色のシートのようなものを体にかけられ、酸素マスクをつけられた春花の姿があった。
春花はゆっくりと目を開けて、酸素マスクを取った。
「ごめんね……琴美」
「今更謝らないでよ!桜華は、桜華はどうするの!」
「桜華は……琴美が育てて。私のように、ならない子に。一生幸せになれるように……」
「わ、わかった。でも今お姉ちゃんが死んじゃったら桜華はお姉ちゃんのこと、何も覚えてない」
「じゃあ、この話を……桜華が二十歳になったら、して、あげて……」
徐々に春花の目は閉じていく。
春花はゆっくりと手を伸ばし、桜華の髪に触れた。
「私と……同じ、綺麗な……金髪。私と、瑞輝の分も……幸せになるの、よ」
そう告げると春花の手はすっと力が抜け落ちた。
その日、中村桜華は牧野桜華になり、一年後琴美が春咲健人と結婚したことにより、春咲桜華になった。
それから琴美は桜華と同じ色の金色に髪を染めて、愛を全力で注いできた。
琴美は光輝のことを警察に通報した。
光輝はすぐに捕まったが、家には瑞輝の姿はなかった。
光輝によると瑞輝はあの後すぐに逃げ出したらしい。
瑞輝はすぐに見つかったが、その時には既に光輝の両親に引き取られていた。
光輝の両親は光輝とは違い、真面目でとてもいい人なので瑞輝はそのまま引き取ってもらうことになった。
「これが、桜華に話さないといけなかったことの全て」
途中、琴美は泣きながら春花の話をしていた。
話の全てを知っていた健人と夕璃はただ、黙って聞いていた。
桜華は混乱のあまり声を出すのも忘れていたかのように、静かに泣いていた。
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