第22話 妹属性キャラの爆誕

 ―滞在二日目の昼―

 

 自信を取り戻しやる気に満ち溢れて執筆をする夕璃の部屋を、誰かが勢いよく襖を開けて入って来た。


「おい。お前の本読ませろ」

「わぁ!いきなり驚かすなよ……ノックくらい覚えたらどうだ」

 

 夕璃の部屋に入って来たのは浮葉だった。


「浮葉って坂道先生にしか興味ないって思ってたけどそうじゃないんだな」

「おじ様の本以外は興味ない。お前の本は読んだことないから読むだけ。つまらなくなったらやめる」

 

 相変わらず辛辣で口が悪いが、あんな過去を知ってしまった夕璃は微塵も怒りを感じなかった。

 

 夕璃はカクに読んでもらうために持ってきた『俺ラノ』を浮葉に渡す。

 

 浮葉は素早く本を取って部屋から出て行った。


「どうせこんな本、すぐに飽きる」

 

 ブツブツと呟きながら浮葉は自分の部屋に持ち帰る。



 浮葉の部屋も和室で、中は本棚と木製のテーブルと座布団のみだ。

 浮葉は行儀よく正座で座り、『俺ラノ』を読み始める。

 

 始めはすぐに読むのをやめるつもりだった。

 

 しかし、浮葉はページをめくるのをやめられず、気がつけば夕方になっていた。


「これが、あいつの小説……。おじ様の小説より下手なのに読むのがやめられなかった。大っ嫌いな純愛モノなのに、、あいつ――

 

 "愛"に裏切られ、憎いほど"愛"が嫌いな少女は、自分の思いとは対極の思いを綴る小説に、"愛"に対して抱いていた憎悪を少しばかり消されてしまった。

 

 それからしばらく読み終わった余韻に浸り、大事に『俺ラノ』を抱きしめて部屋を出た。



 執筆が波に乗ってしまい、気がつくと時刻は夕方になっていた。

 

 夕璃が体を伸ばすと一気に疲れが出てきて自然と敷布団に倒れていた。

 

 突如押し寄せる睡魔に身を委ね、意識が遠ざかって行くのを抵抗せずに待ってる中――


「この本、本当にデビュー作なのか!?」

 勢いよく襖を開けて寝かけている夕璃を浮葉が叩き起す。


「痛い痛い!そうだよデビュー作だ」

「そうか。これ返す」

 

 浮葉はそう言って『俺ラノ』を敷布団の横に置き足早に立ち去ろうとした。


「待ってくれ。俺の小説面白かったか?」

「悪くはなかった」

 

 浮葉は顔を背け、少し声を詰まらせた。


「じゃあ面白かったんだな!」

「うるせぇです!私はあんな真っ直ぐな主人公、嫌いです」

 そう言って再び勢いよく襖を閉め出て行った。


「俺の小説であいつの凍りついた心を溶かすことができればいいな……」

 

 すっかり目が覚めてしまった夕璃は一人ファンが増えてくれた喜びと、一人の少女の凍りついた心を溶かす決意を胸に秘めて再びパソコンと向かい合う。



 一人書斎に籠り、本を読み耽っていたカクのところに誰かがやってきた。

 

 ノックを三回して入って来たのは浮葉だった。


「おじ様、夕食の時間です。それと――」

 浮葉は目を泳がせ、もじもじと頬を紅潮させがらカクを見る。


「何か言いたいことがあるのか?」

「はい……私、夕璃と一緒に東京に行きてぇです」

 

 その言葉はカクにとって嬉しいことであり、寂しいことだった。

 

 浮葉は新潟から出たことがなく田舎育ちなので、東京に行けば数々の衝撃を受け成長してくれるだろう。

 

 だが何年も我が子のように育ててきたまだ十二歳の子を昨日会ったばかりの作家に任せるのは不安で寂しいことだった。


「なんで愛は東京に行きたいんだ?」

「私の中で……夕璃の本は唯一"愛"を憎いと思わなかった特別な本です。私は夕璃のことをもっと知りてぇです」

 

 ――あぁ、なるほど。

 

 カクは悟ってしまった。

 

 この世で一番愛してくれた人を失い、好きな人に裏切られ、友達に裏切られ、"愛"を全否定するような子になってしまった浮葉が心の奥底で今、一人の男を、小説を愛し始めた。


「それなら断る理由はないな。あまり少年に迷惑かけるなよ」

「はいです!早速行く準備しねぇとです!」

 

 そう言って浮葉は書斎を飛び出して行った。


「またこの家が静かになるな」

 カクは目に一粒の涙を浮かべ、遠ざかって行く浮葉を見つめた。



 ―滞在最終日―

 

 昨夜、芹那とカクが二人で宴会を始めてしまいその宴会は朝まで続き、潰れた芹那を何とか叩き起して四人は帰りの支度をする。


「三日間ありがとうございました」

 夕璃はカクとコチに一礼した。


「またいつでも来い。愛を頼むぞ」

「はい!」


「次会う時までには感性を磨いておきます」

 英里奈は成長のきっかけをくれたコチにお礼を言って決意を述べた。


「世話になった。小説が書けるようになるのを私はずっと待っているからな」

 そう言って芹那はキャリーバッグを引きながら後ろに手を振る。


「じゃあ、行ってきます。おじ様」

 浮葉は潤んだ瞳でカクをじっと見つめてお別れをし、夕璃と手を繋ぎ行ってしまった。


「よかったんスか?」

 コチはカクの決断を未だに正解かわからずにいた。


「これでいいんだ。愛の凍りついた心を溶かせるのはあの少年だけかもしれないからな」

 しばしの別れに涙を飲んで、カクは振り向いた浮葉に手を振った。



「夕璃の中で何か得ることができたか?」

 芹那は帰り際、夕璃に尋ねた。


「あそこでは色々なことを得ました。魂から小説を書く――俺にはまだそれができない。だから身に付けるために、とにかく今は小説を書いて書いて書きまくります」

「やる気があるのは何よりだ。期待してるぞ」

 

 ここでカクと夕璃が出会ったことはのちにラノベ業界をひっくり返すことになるが――それは先の話だ。


「ねぇ……にぃ?これからよろしくです」

「「にぃ?!」」

 

 昨日までのふてぶてしい態度は一切感じられずに照れながら夕璃を呼ぶその姿は、妹そのものだった。


「妹属性の誕生だな。これは厄介になりそうだ」

 芹那と英里奈は浮葉をあからさまに警戒しているが、夕璃と楽しそうに話している当の本人は知る由もなかった。

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