第29話 箱根女子旅行

 ある日、珍しく美波が一人で夕璃の家に訪れた。

 家に入ると美波は二枚の紙を取り出した。


「桜華の誕生日会の後に本屋に寄った時、ちょっと興味ある雑誌見つけて買ったの。そこに応募できるはがきがあって試しに応募したらこれ、当たった」

 

 美波が取り出したのは箱根のホテルのペア宿泊券だった。


「へぇー。よかったじゃん」

「だからあげる」

「え?」

 

 美波の突然の言葉に、夕璃は思わず素っ頓狂な声で反応してしまった。


「なんで俺に?自分で使えばいいだろ」

「最初はそうしようとしたよ!でもこれってペアチケットじゃん!」

「ペアだな」

「桜華のこと誘ったら桜華になんて思われるか分からないし、温泉だから桜華の……裸が見れるわけじゃん。理性が保てる自信がない」

 

 裸という言葉を恥じらいながら言う美波に夕璃は呆れたため息をつく。


「ペアで最初から桜華って決めてる時点で桜華と行きたいんだろ?それに桜華は温泉に誘ったくらいで変なこと思わないぞ」

「それはそうだけど、誘うのが難しい」

「ちょっとスマホ貸してくれ」


 美波は素直に夕璃にスマホを渡す。

 

 最初は何をやっているか分からなかったが、指の動きで夕璃が何をしているか分かってしまい、慌ててスマホを取り返す。


「今絶対桜華にメッセージ送ったでしょ!」

「うん。お前がいつまでも煮え切らないから桜華のこと誘っておいたからな」

 

 桜華との会話を見るとたしかに温泉に誘っていた。


 すぐに消そうとしたが、消す直前に既読が付いてしまった。

 

 しばらくして桜華から「え、いいの?!美波と旅行嬉しい。ありがと!」とメッセージが返ってきた。

 美波は安堵の表情を浮かべた。


「桜華は誘ってもそんな深読みしないし、美波と旅行に行くのを楽しみにしてると思うぞ」

「桜華のことわかったように言うのはムカつくけどまぁ、ありがと」

 

 こうして桜華と美波の箱根温泉旅行が決定した。



 そして、いよいよ二人の旅行の日が訪れた。

 新宿発のロマンスカーに乗るので二人は新宿駅に待ち合わせした。


 美波は待ち合わせより早く到着し、何度も服装や髪型をチェックしていた。

 

 しばらくして桜華が小走りで到着した。


「遅くなってごめんね。お待たせ」

 淡色のピンクのワンピースに身を包んだ桜華を見て、美波は思わず目を泳がせた。

 桜華はキョトンとして首を傾けた。


「す、すごい可愛いと思うよ」

「本当に?よかった!今日はよろしくね」


 二人は駅で飲み物とお菓子などを買ってからロマンスカーに乗った。

 

 ロマンスカーはゆっくりと箱根に向かっているが、お菓子を食べながら話に花を咲かせている二人にとってはあっという間の時間だった。


 電車を降りると山々に囲まれた景色に二人は圧倒された。

 

 旅行プランは事前に決めていたので、まずは荷物を置くためにバスでホテルまで向かった。


 ホテルの部屋は和を基調としていて、ふすまや大きな木の柱が味を出している。


 二人は荷物を置いてまずは最初に、徒歩で行ける距離にある温泉アミューズメント施設に向かった。

 

 そこでは水着を着て楽しむことができる。

 施設は屋内エリアと屋外エリアに分かれていて、隣には箱根の本格温泉も併設されている。


 二人は水着に着替え、まず屋内エリアを散策した。

 

 屋内には大型のスパが真ん中にあり、その横には水着のまま利用できるフードコートエリアがある。

 

 その他にもワイン風呂、コーヒー風呂、緑茶風呂、酒風呂、などのここにしかないような温泉がたくさんある。


 まず二人は変わった温泉を入り比べした。


「このコーヒー風呂、本当にコーヒーの中に入ってるくらい匂いが本格的だね」

 

 美波がコーヒー風呂の水をすくい上げながら、初めてのコーヒー風呂に目を輝かせていた。


「色もコーヒーみたいにすごく濃いね」


 コーヒー風呂以外にも様々な温泉を転々とした。

 

 屋内の温泉は全て制覇したと思ったら、一箇所行っていない場所があった。


「ねぇ美波。我慢対決してみない?」

 二人が見落としていたお風呂はドクターフイッシュの足湯だった。


「いいよ。ドクターフイッシュって足の角質を落としてくれるだけだからそんなにくすぐったくないでしょ」

 

 余裕な美波は桜華の対決を承諾し、二人同時に足を浸けた。

 

 すぐにドクターフイッシュが寄ってきて足を口でツンツンとしてきた。


「待って……想像よりずっとくすぐったい!」

「美波はもう……耐えられないのかな?」

 余裕に見せてる桜華も足をバタバタしたい気持ちを必死に堪えている。


 二人とも数分は耐えたものの、ついに美波が限界に達した。


「私、もう、無理……!」

 美波は勢いよく足を温泉から出した。


「やった。さくらの勝ち」

「桜華も限界だったくせに」

 負けた美波は不貞腐れていたがすぐに笑顔に戻った。


 その後は屋外エリアの温泉ウォータースライダーに乗りまくった。


「あのウォータースライダーすごく早くて楽しかったね」

 

 桜華がとても満足そうにしていたので、誘ってよかったと、美波は心底安心した。


 温泉のアミューズメント施設を満喫した二人は併設されている本格温泉に移動した。

 

 温泉に近づき、服を脱いでいくうちに美波の心臓の鼓動は早くなっていった。


 二人は一糸まとわぬ姿になり、温泉に入った。


「うわー広いし景色もすごいね」

「そ、そうだね」


 たしかに桜華の言う通り温泉はとても広く、屋内に一種類と露天風呂が数種類ある。

 

 だが美波の中で一番すごいのは裸の桜華が隣にいることだ。

 まともに桜華を見ることすらできない。


 体を洗い終え、まずは露天風呂に入ることにした。

 

 夜の方が人気があるようで、人は誰もいなかった。


 二人は露天風呂に並んで浸かった。


「最近はバイトと大学で忙しくて休めなかったから温泉に誘ってくれて本当によかった。ありがとうね」

「う、うん。私も桜華と行きたいと思ってたから」


 二人は温泉に浸かりながら長話をしていたが、一向に美波は桜華の方を見ようとしない。


「さっきから露骨に目線逸らしすぎー」

 痺れを切らした桜華は、美波の顔を両手で挟んで顔を自分の方に向けた。


「さくらの裸、そんなに興奮する?」

 そう言われ、反射的に桜華の裸体を下から上にじっくりと見てしまった。


 その瞬間、美波の顔が真っ赤になった。


「桜華のばかー!」

 美波は桜華の言う通り、興奮してしまったことに対する羞恥心を隠しきれなかった。


「ごめんごめん。少しからかっただけ。別に美波になら裸を見られても何とも思わないよ」


 ――何とも思わない。


 この言葉は美波にとって安堵する言葉でもあり、少し残念な言葉でもあった。


「そろそろ上がろっか」

 

 そう言って桜華は温泉から出て、長話と羞恥心ですっかり熱くなってしまった美波も後を追うように出た。


 桜華が美波の前を歩いていると、美波はあることに気がついた。


「桜華、その太もものあざどうしたの?」

 

 太ももの上の方に拳一個分程度の痛々しい青紫色のあざがあった。


「あーこれ?ままから聞いたんだけど赤ちゃんの時足を階段にぶつけちゃったんだって。どんな塗り薬を使っても消えないんだよね。でもこんなあざ、階段にぶつけたくらいでなるかな?」


 当の本人も覚えていない不思議なあざ。


 このあざには壮絶な物語が隠されているが、それはまた先の話。

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