第30話 箱根女子旅行その2
温泉から上がった二人は、お土産コーナーを見てからホテルに戻った。
時刻は七時でお腹もいい感じに空いてきたので、ホテルのレストランで夕食をとることにした。
バイキング形式なので二人は多種多様な料理を好きなように盛りつけ、明日のことやお土産のことで盛り上がりながら夕食を食べた。
部屋に戻ると遊び疲れたのか、二人は同じタイミングで寝てしまった。
―次の日―
美波は朝日が登りかけている早朝に目を覚ました。
桜華の寝顔はだらしなくて幼さが垣間みれる。
去年、桜華と英里奈と夕璃の家に泊まった時は桜華の寝顔を見ることはできなかった。
「じっくり見るのは初めてだけどやっぱりかわいい」
いつまでも見ていられる寝顔だが桜華が起きたら気まずくなるので美波はしっかりと目に焼きつけてから洗面所に行き、朝の準備をした。
それでもまだ時間が余ってたので、せっかくだからこのホテルの温泉も堪能することにした。
ホテルのお風呂は露天風呂が一種類しかないもの、屋内には三種類の温泉があり、床は大理石のような石でできていて清潔感がある。
美波は体を洗ってから露天風呂に向かった。
六月といえど、箱根の朝は少し肌寒いのでより露天風呂が心地よく感じた。
体が火照っては外気で冷やしの繰り返しをして長風呂をしていると一人の女性が露天風呂にやってきた。
「こんな時間に若い子が入ってるなんて珍しい。観光客?」
女性は、ボーイッシュな顔立ちとマッシュな髪型で二十代くらいに見える。
「はい。東京から来ました」
「私も東京から自分へのご褒美でよくここのホテルに来るのよ。隣いい?」
美波が頷くと女性は美波の隣に並んだ。
「私、山城美波といいます」
「私は東京でライターをやってる
美波は春浦千聖の名前を聞いて仰天した。
「私、この前千聖さんの雑誌買いました!まさか偶然会うなんて」
桜華の誕生日会の後に本屋に寄った時に美波が買った本が千聖の雑誌だった。
「私の雑誌を?買う決め手はなんだったの?」
「千聖さんのコメントです」
「私のコメントで本を買うってことはもしかして美波ちゃん、私と同じなの?」
「はい。私は女性愛者なんです。私、千聖さんに聞きたいことがいっぱいあるんです!」
千聖の雑誌を何度も読み、同性愛者についてたくさん学んだ美波だが、どうしても解決できないことがあった。
だが、千聖はそれを解決して女性愛者として普通の人よりも前向きに生きていた。
「どうすれば女性愛者として――ありのままの自分で生きていけますか?」
美波がずっと解決できなかった問いを千聖にぶつける。
「自分と同じ境遇の人と話したりして学んだり、失うのを恐れないことね」
「失うのを?」
「そう。同性が好きだと友達や家族、好きな人に言ってしまえば関係が失われるかもしれない。そういう考えをしているからいつまでも前を向けない。ありのままの自分をさらけ出した上で、理解してくれる友達や家族だけ自分の周りにいる状態にすればいいのよ。本物の自分を理解してくれない人なんて失ってもいい――それくらいの気持ちで自分に胸を張って生きていればいいのよ」
千聖の言葉は美波の心にしっかりと刺さった。
夕璃達や桜華に告白してもまだ、自分は失うのを恐れている。
「ありがとうございます。完璧に自分をさらけ出せるように頑張ります」
「うん。美波ちゃんなら大丈夫よ。目がしっかりしてるもの」
そう言って千聖は露天風呂から上がり、戻って行った。
美波も温泉から上がり部屋に戻った。
その時ちょうど桜華がのっそり起き上がった。
「おはよ、美波。どこ行ってたの?」
「朝早く起きちゃったからこのホテルの温泉に行ってたの」
「さくらまだ寝たーい」
「今日も行くところあるんだから早く準備しなさい」
美波に言われるがまま桜華は準備をし、ホテルのチャックアウトをした。
二人とも朝は食べない派なのでそのまま目的の場所に移動した。
ホテルからバスに乗り、芦ノ湖という箱根火山の中にあるカルデラ湖に到着した。
そこで二人は箱根海賊船という中世ヨーロッパ風の海賊船の見た目をした遊覧船に乗った。
内装も舵輪などが付いていてとても再現度が高い。
「ここから三階のデッキに行けるよ」
桜華が駆け足で階段を登っていく。
三階はデッキになっていて、巨大な帆が間近にありとても迫力がある。
景色も壮大で、見渡す限り山の新緑と澄んだ湖で心がとても落ち着く。
「すごく綺麗。これから行く山の頂上の景色はもっといいのかな?」
これからロープウェイに乗って向かう大涌谷の景色に期待を膨らませる美波。
「早く行きたいけどこの景色をもうちょっと楽しみたいね」
二人が景色を眺めているとすぐにロープウェイ乗り場に着いてしまい、名残惜しそうに海賊船から降りる。
だが、ロープウェイから見える景色も壮大で、最初は自然に囲まれた箱根の街や芦ノ湖が見えていたが、頂上に近づくにつれて剥き出しの地層の景色に変貌していく。
所々から火山ガスが出ていて、火山ガスには硫黄が含まれているので地面が黄色に変色しているところもある。
そんな壮大な景色をゆっくり堪能していると頂上に到達した。
ゴンドラから降りると、温泉特有の硫黄の匂いが漂ってきた。
頂上も火山ガスが間近で出ていて、人は入れないが天然の温泉もあった。
「景色凄かったね。山の緑とかの癒される景色もいいけどさっき見た剥き出しの地層も壮大で、さくらは好きだったよ」
「私はちょっと怖かったなー。でもこの火山のお陰でいい温泉があるんだから感謝しないとね」
二人はゴンドラから見た景色について話しながら箱根名物の黒たまごが売っている店に向かった。
そこで二人が食べる分とお土産分の黒たまごを買った。
近くのベンチに腰を下ろし、岩肌が剥き出しの景色を眺めながら黒たまごを食べる。
「黒たまごって中は普通のと一緒で白いんだね」
卵の殻を剥き終わった美波が白い姿を現した卵を眺めて呟く。
「温泉で茹でているから普通の卵より美味しいらしいよ」
「ほんとだ!普通の卵より美味しい」
ぱくっと一口食べた美波が目を見開いて驚いている。
二人は卵を食べ終わると下山して、お土産ショップに寄って各自でお土産とロマンスカーで食べるお弁当を買ってから箱根湯本駅に向かった。
こうして二人の一泊二日の旅行は終わった。
この旅行は楽しいものでもあり、美波の成長に繋がるものでもあった。
美波は温泉と壮大な景色と珍しい黒たまご――そして春浦千聖を思い出しながら、既に寝ている桜華に体を預けて夢の世界に旅立った。
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