第38話 私だけの主人公
街中がクリスマスで一色になり、カップルが蔓延る十二月二十四日。
そんな中、友達以上で恋人未満の複雑な関係を三年以上続け、縺れに縺れた二人組がいた。
「スカイツリーめっちゃおっきい」
「下から見ると迫力がすごいな」
桜華は上を見るあまり、頭から後ろに転びそうになっていた。
「下からだとカメラに全部収まらない」
桜華がどう頑張ってもスカイツリーの頂上までをカメラに収めることはできなかった。
「貸してみろ」
夕璃にそう言われ、桜華はスマホを渡す。
夕璃はその場にしゃがみ、シャッターを押した。
「うわー写真まで迫力ある。ありがとう」
「お、おう。寒いし早く中に入ろう」
そう言って二人はスカイツリーの下にあるショッピングモールに入っていった。
来た時間がお昼時だったので、まずは昼食を食べることにした。
場所は桜華が大好きなピンクでまん丸のキャラクターのカフェを、予約した。
「このキャラ有名だけど、なんでまん丸なんだ?」
「それは……桜華にもわかんない。でもかわいいからいいの!」
メニューはキャラクターをイメージした食べ物や飲み物がほとんどで、中にはお皿やコースターなど特典がつく食べ物もあった。
「このオムライスかわいい。でもこのお皿欲しい……」
桜華はかわいいオムライスと、特典がつくグラタンを交互に見ながら悩んでいた。
「じゃあ俺がグラタン食べるから桜華オムライスにすれば?特典はあげるよ」
「ほんと?!じゃあさくらはオムライスにしよっと」
桜華は目を輝かせながら店員を呼んだ。
しばらくすると、店員がオムライスとグラタンを運んできてくれた。
オムライスはチキンライスにキャラの顔が印刷されたチーズが乗っていて、そのキャラが卵の布団を被っているように卵が乗っている。
グラタンの特典の容器はキャラが描かれているものの、グラタン自体は普通だ。
「かわいくて食べれない」
「早く食べないと冷めちゃうぞ」
「食べる!」
一瞬で惜しむのをやめて、桜華は躊躇なくキャラの顔から食べていく。
「躊躇ってた割には顔からいくんだな」
グラタンは二重構造になっていて特典の容器の中にもう一つ容器があり、グラタンはそこに入っていて、特典が汚れないようになっている。
食べ終わり、店内の雰囲気を満喫してから二人は店を出た。
「このコートかわいくない?」
「ピンク色で桜華って感じがしていいな」
昼食後、二人は服や雑貨などを見て回っている。
「じゃあこれ買っちゃおう!あ、せっかくだし愛ちゃんにもクリスマスプレゼント買っていこうよ」
この二ヶ月ですっかり桜華と愛は仲良くなって、保護者兼兄の夕璃はとても微笑ましかった。
あとは芹那への警戒心をなくしてくれればいいのだが、桜華以上に難しそうだ。
「そうだな。仲良くなったんだしお揃いにするのはどうだ?制服の上からでも登下校はコート着れるらしいし」
十二月に入ってから愛が中学に入学するための手続きを始めた。
あとは制服と教科書が届き、愛の心の準備を待つだけとなった。
予定では三学期開始と同時に入学する予定だ。
学校は愛の希望で家からも近い新大中学校というところにした。
「それいいね!じゃあさくらのと愛ちゃんのプレゼント買ってくる」
桜華はサイズの違う同じピンクのコートを持って駆け足でレジに向かった。
その後、半ば強引に桜華にプリクラ機の中に連れていかれた。
慣れないプリクラに夕璃は挙動不審になるも、最高の一枚が撮れた。
桜華はその一枚を何よりも大事にすると言っていた。
それから買い物を再開し、夕璃は愛に文具一式をクリスマスプレゼントに買った。
外は既に日が暮れていて真っ暗だった。
二人はスカイツリーに登るため、中庭に出た。
「うわぁ……いろんなところが光っててすごい綺麗」
「装飾もそうだがスカイツリーもクリスマス色だ」
スカイツリーを見上げると、赤と白でクリスマスにぴったりな色合いだった。
中庭を一通り見た後に二人はいよいよスカイツリーのエントランスに来た。
エントランスは沢山の人でごった返していた。
夕璃が予約していたため、二人はすぐにエレベーターに乗れた。
「なんか浮遊感すごいね」
「普通のエレベーターにはない不思議な感覚だな」
あっという間にエレベーターは展望台まで到着した。
桜華は夕璃の手を引っ張りながらエレベーターから出て、展望台のガラスに張り付く。
「うわぁ……すごく綺麗。一度昼間に来たことあるけど夜だと全然景色が違う」
地平線の奥までそびえ立つビルの明かり、車のヘッドライトでできた光の道。
その幻想的な景色に、二人は心奪われていた。
「普段見たことない視点から見ると景色ってこんなに違うものなんだな」
「星空を上から見てるみたい」
二人は展望台をゆっくりと一周した。
そしてまた最初に見たところで立ち止まり、静かに景色を見続けた。
「なぁ、三年前のあの日、俺を振ったのはあの時付き合ってたら俺が作家でいられなくなるからだろ?」
三年間、お互いその真意を確かめようとはしなかった。
けれど、お互い確証はあった。
「そうだよ。さくらもできるなら断りたくなかった。でもそれ以上に夕璃に作家人生を投げ出してほしくなかった。でも今の夕璃ならそんなことしない。だからさ、さくらと――」
桜華は今しかないと思った。
告白するタイミングは、今しかないと。
だが、それを制止するように夕璃が言葉を重ねる。
「もう少し、もう少しだけ待ってほしい」
――そんなことだろうとは思っていた。
告白するタイミングは今でも、付き合うタイミングは今じゃない。
「どうして?」
桜華は素朴な疑問を夕璃にぶつける。
「たしかにもう俺は桜華と付き合っても止まらない。でもまだケリをつけないといけないこともある。それに、俺の夢はまだ叶ってない」
「作家になって、主人公になること?」
「うん。俺はまだ主人公にはなっていない。だから俺が自分を主人公だって胸を張って認めることができた時、俺と付き合ってくれ」
「わかった。ずっと待ってる。さくらも夕璃にふさわしいメインヒロインになって、夕璃を待ってる」
周りの人間はみんな肩書きを背負っていた。
作家や編集者に、イラストレーター。
だから何者でもなかった自分を変えたかった。
でも何になればいいのか分からなかった。
それでも桜華はこの世で一番の肩書きを背負うことにした。
ついに桜華はメインヒロインになるために、自分の道を走り始めた。
「ありがとう。必ず桜華にふさわしい主人公になるよ」
「さくらにとってもう夕璃は主人公だよ。さくらの――私だけの主人公」
この日、二人の歩む道は遥か先でたしかに交わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます