第39話 恐怖も心も溶けていく

 夕璃と桜華のクリスマスデートの次の日。

 

 夕璃の家に愛の教科書と制服とバッグが届いた。

 愛は険しい顔で制服を眺めていた。


「せっかく届いたんだから制服着てみたら?」

 夕璃は制服と睨めっこをしている愛に一押しの言葉をかけた。


「にぃがそう言うなら、着るです」

 そう言って自分の部屋に入っていった。

 

 しばらくすると愛は恐る恐る部屋から出てきた。


「似合ってる?」

 

 新大中学の女子の制服は、夏が白のセーラ服に紺色のスカート、紺色のリボンが付いているデザイン。

 冬は紺色のセーラ服とスカートに、白のリボンが付いたデザイン。

 

 今愛が来ているのは冬のデザイン――冬服だ。


「めっちゃかわいいぞ」

「なら、よかったです」

 

 褒められた後も愛はモジモジとしていた。


「そんなに見られるのが恥ずかしいのか?」

「そうじゃないんです。制服のまま……学校に行く練習で通学路を歩きたいです」

 「たしかに練習も必要だよな。じゃあにぃと練習するか」


 夕璃は支度をし、二人で外に出た。



 外に出るとちょうど隣から桜華が出てきた。


「あ、夕璃と愛ちゃん。こんにちは。愛ちゃん制服似合ってるね」

「ありがとうです。こんにちは、桜華ねぇ」


「「ねぇ?!」」

 

 愛は今、たしかに桜華のことを桜華ねぇと呼んだ。

 愛がここまで懐いていると桜華も思わなかったようで、口を開けて驚いている。


「これからもそう呼んでね!」

「はいです」

「あ、そうだ」


 桜華は何かを思い出したのか急に部屋に戻って行った。

 すぐに戻って来て、桜華の手にはラッピングされた物があった。


「これ、愛ちゃんにクリスマスプレゼント。中学校通う時に使ってね。ちなみにさくらとお揃いだよ」

 

 それは昨日買った桜華とお揃いのコートだった。


「ありがとうです。大切に使うです」



 通学路をゆっくり歩いている時、愛はずっと周りを見ていた。


「何か気になるの?」

「同じ学校の人がいたら怖いです。変に思われるです」

 

 今までは不安を押し殺して前向きな言葉しか言っていなかった愛から、ついに怖いという言葉が出てきた。


「大丈夫だよ。まだ下校時間じゃないから。たとえいたとしても愛のことは気にしないよ」

 夕璃が言葉をかけても学校に着き、家に帰るまでの間、ずっと周りを見ていた。

 

 不安や恐怖はあったものの、愛は夕璃と一緒に通学路を通ることができた。



 次の日はより登下校に慣れるため、あえて下校時間に合わせてみた。

 

 愛は昨日より警戒心が強くなっていて、挙動不審になっている。


「そんなにキョロキョロしてると余計に怪しまれるぞ」

 途端に愛はキョロキョロするのをやめたが、警戒心が解けていないのは硬直した顔を見れば一目瞭然だった。

 

 家から学校までの往復で何十人もの学生にあったが何とか愛は通学路を通ることができた。


「頑張ったじゃん。明日は一人で行ってみる?」

 愛は夕璃の提案をしばらく唸りながら考えた。


「頑張って、みるです」

 いよいよ愛は一人で学校まで往復することにした。



 ―次の日―


 愛はいよいよ一人で制服を来て外に出た。

 

 夕璃がいないという不安を抱えながらも学校までの道のりは学生に合わなかったため、問題なく辿り着いた。

 

 だが学校から家に帰る時、突然学生の数が増加したのだ。

 愛はそれに驚き、挙動不審になり周囲の注目を浴びてしまった。

 

 一刻も早くその場から逃げ出したかった。

 

 けれど注目を浴び、恐怖に染まった愛は足が動かなかった。

 

 必死に涙を堪えて足を動かそうとする愛の手を誰かが引っ張った。


「こっちだ」


 愛は涙を拭き、落ち着きを取り戻すとそこは細道で学生の姿はなかった。

 

 そして愛の手を引いてくれた人は――


「久しぶりだな。その制服、まさか俺の中学に入学するのか?」

 愛が学校に行きたいと思った理由――慶太だった。


「久しぶりです。三学期から慶太の中学に入学する……予定です」

「それで登下校の練習でもしてたのか」

 

 愛はコクっと頷いた。


「今日は二学期最後で一斉下校だったから人が多かったんだ。今まで一人で登下校の練習をしてたの?」

「昨日まではにぃとしてたです。でも今日からは一人で登下校できるようにって一人で練習を始めたんです。でも一人で登下校はずっと怖かったです」

 

 慶太は少し躊躇いながらも一つの提案をした。


「なら、その、三学期からは俺と一緒に登下校するか?」

「いいんです?」

「それで愛が学校に通えるようになるなら」

「多分通えるです」

 

 こうして二人は三学期から一緒に通うことにした。


「今日はとりあえず家に送るよ。これから練習する時も手伝ってやる。だからアドレス交換しとくぞ」


 慶太に言われるがまま愛はスマホを取り出し、アドレスを交換した。


 それから二人は、話しながら愛の家に帰って行った。

 愛はこの日、初めて登下校で周りを気にならなかった。

 

 慶太には夕璃とは別の安心感があったのだ。

 

 この安心感の正体が分かるのはまだ先の話。


「今日は家の前まででいいです」

「そうか。じゃあな。練習する時はいつでも連絡しろよ」

「練習しない時も、連絡してやるです」

 

 その言葉に慶太は顔を赤くし、走って帰って行ってしまった。

 

 その後ろ姿を見て愛は――静かに笑った。

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