第6話 芽生えた決意
―三年前―
夕璃と桜華の出会いは高校の委員会だった。
図書委員になった二人は、委員会の初めての顔合わせでアニメについて意気投合した。
夕璃にとって女子のアニメオタクが珍しかったのだ。
小学生の時以来、女子のオタクと交流がなく、桜華からはどことなく英里奈を感じる場面があった。
ある時、二人が当番で図書室のカウンターの中で本を読んでいると桜華は、夕璃がラノベを読んでいないことに気がついた。
「夕璃がラノベ読んでいないなんて珍しいね」
「これはその、勉強だよ」
「なんの勉強?見せてよ」
夕璃は桜華に本の内容を尋ねられると、一瞬ビクッと体を震わせ、本を閉じた。
夕璃が読んでいた本はラノベの書き方が書いてある本だった。
「なんで閉じちゃうのー」
駄々をこねるように拗ねた口調で頬を膨らませながら夕璃を睨む。
「自分の夢とか知られるの恥ずかしいんだよ」
「夕璃の夢って何?やっぱりアニメ関係の仕事?」
夕璃は頷き、桜華に胸に秘めていた思いを語る。
夕璃がどれほどラノベ作家になりたいのか――否。
どれほど主人公になりたいのか桜華の心に、しっかりと夕璃の想いは刻み込まれた。
桜華はその夢が成就することを心の底から願い、何か自分にできることはないかと思っていた。
桜華は突如湧き出たこの思いは夕璃の熱量によって生み出されたものだと最初は思っていた。
「さくらでよければ作家になるの手伝ってあげようか?」
具体的に何をすればいいかなんて分からない。
ただ夕璃が夢に向かうのを見ていることだけは嫌だった。
桜華は他人の
すると夕璃は目を輝かせながら桜華の両手を握る。
「本当か!なら、今書いている小説を読んでアドバイスとか修正とか手伝ってほしいんだ。俺、あんまり文法とか自信なくて 」
桜華の鼓動が跳ね上がる。
「ま、任せて!これでも国語は自信あるからね」
こうして夕璃の作家になるという夢を手伝う日々が始まった。
初めは夕璃が全体の大まかな流れを考え、辻褄が合わないところなどを桜華から指摘を受けて修正した。
それからしばらくして、夕璃が書いた小説を桜華に見せた。
それを桜華が目を通して誤字脱字などを修正した。
二人の関係は作家と編集者のようで、夕璃は自分がプロの作家になったようで嬉々としていた。
だが桜華は、自分が夕璃に抱いている想いに気づいてしまい、このままの関係でいいのかと悩み始める。
夕璃の小説は修正を重ねる度に磨かれていった。
半年が経つ頃には立派な小説になっていた。
「桜華がいなかったらここまで成長出来なかったよ。ありがとう!」
「夕璃ってばすごい熱心なんだもん。さくらも頑張らないとってなるんだよね」
「俺は色んな人に支えられてるからな。桜華にもあいつにも。こんなに支えられているんだから作家にならないと恩返しにならないだろ。俺は桜華がいないとダメだから、作家になっても今と変わらず俺のそばにいてほしい」
夕璃の心からの素直な思いに、桜華は動揺する。
これが小説のパートナーとしてなのか――人生のパートナーとしてなのか。
また、両方なのか。
桜華はこの言葉の意味が分からなかった。
それからしばらくして夕璃は意を決して小説を応募することにした。
結果は落選だった。
夕璃は絶望し、心が折れそうになるまで沈んでいた。
「大丈夫だよ。また二人でこの作品を磨いて応募しよ?」
「本当に俺は作家になんてなれるのか?」
「もう一度思い出して。どうして夕璃が作家を目指すのか」
「俺は……俺は誰もがその物語の主人公に憧れるような物語を創りたい……
夕璃の消えかけていた心の火を再度灯したのは桜華だった。
それから夕璃が桜華に告白したのはしばらくしてからだ。
夕璃が元気を取り戻し、お礼を兼ねて桜華が行きたいと言っていたショッピングモールに行き、その帰り――夕璃は想いを伝えた。
「桜華、俺は桜華のことが好きだ。次の新人賞は絶対に桜華の期待に応える。だから――」
正直、夕璃はこの告白が絶対成功すると心のどこかで思っていた。
自分にここまで尽くしてくれる桜華が今更断る筈がないと、そう思っていた。
「ごめんなさい。さくらは……夕璃と付き合うことはできない」
だが夕璃の思いとは裏腹に桜華は夕璃を――振った。
桜華は歯を食いしばり涙を堪え、夕璃に悟られないように振った。
今ここで夕璃の告白を受ければきっと、夕璃は背負っている情熱も、期待も、夢も、全て捨てて普通の高校生のようにさくらとの高校生活を満喫するだろう。
でも、それじゃあだめなんだ。
夕璃の情熱は決して捨てていいものではない。
夕璃の情熱は唯一無二の才能と言ってもいいだろう。
その才能や夢を、さくらのせいで無くしていい筈がない。
ここでお互い辛い思いをしてでも、夕璃の才能は無くしてはいけない。
夕璃は今、さくらの隣をゆっくりと歩いている暇などないから。
夕璃は今を全力で走らないといけないのだから。
いつか夕璃がさくらと同じ速さで歩いても情熱が失われず作家として続けられるようになったら――さくらから告白する。
それまでは夕璃から離れてやるもんか。
――芽生えた決意は桜華の心に深く根を張った。
「そっか……わかった。でも小説はまだ手伝ってほしい」
「言われなくても手伝うよ」
桜華は夕璃に告白されたことを、そして振ったことを美波には一切言わなかった。
夕璃は振られたことに落ち込む素振りを見せないどころか、以前よりも情熱が増している気がする。
夕璃が以前応募したのは異世界ものの小説だったが、次は新たな小説で挑むことにした。
夕璃の作家になりたいという熱量を存分に詰めた最高のラブコメを夕璃は完成させた。
修正に時間をかけたため、応募したのは桜華と出会って二年後の高校三年生の春だった。
そして秋に結果が届いた。
結果は――副賞だった。
夕璃は歓喜し、喜びのあまり桜華に抱きついた。
桜華は頬を赤らめていたが、夕璃には気づかれなかった。
その日を境に、二人の絆は一段と強固なものになった。
「俺は桜華がいればまだまだ伸びると思う。俺が物語を考えて桜華が文法を整える。二人で最高の小説をこれからも一緒に創ってほしい――こんな俺でよければ桜華のそばにずっといさせてください」
「こちらこそずっとずっと一緒にいてください」
桜華の照れくさそうな表情に顔を赤らめる夕璃は何とか平常心を保った。
二人は一瞬目を逸らし――そしてまた目を合わせて笑い合った。
「さくらは夕璃から離れないよ――だって夕璃はさくらの
彼女の
「なんか桜華に負けた気がする」
桜華の話の方が夕璃の彼女っぽいと英里奈は不貞腐れていた。
「小さい時に約束したことを八年越しで果たすのも夢があると思うよ」
その後も美波が帰って来るまで夕璃の話が永遠と続けられた。
美波は自分がいない間、ずっと夕璃の話が繰り広げられていたことを知ると
「夕璃はもう幸せ者というか苦労人だよ」
美波は夕璃に深く同情した。
その後、三人は近くのファミレスに夕食をとりに行った。
「明日三人で服でも買いに行かない?」
桜華はせっかくの三日間のお泊まりでどこかに出かけたいと思っていた。
「いいんじゃない?私も英里奈と仲良くなりたいし」
「高校生の時は絵を描くのにかまけてたからみんなでお出かけなんて久しぶり」
二人とも賛成して、三人は明日の場所やどんな服が欲しいかなど、話に花を咲かせていた。
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