第5話 芽生えた友情

 桜華の大声で英里奈は目を覚ました。

 

 桜華が見ていた置き手紙を見て英里奈は絶句し、挙動不審になる。


「どうする?あの二人を一緒にしたら絶対よからぬ事が起きるよ」

 

 英里奈はよからぬ事を想像して少し頬を赤らめ、さらにあたふたと部屋をキョロキョロし始めた。


「じゃあ三日間、何があったか夕璃に聞くために帰ってくるまでこの家で待つ?」

 桜華の提案に英里奈も乗ろうとしていたが、


「でも夕璃から家の戸締り用に鍵預かってるし、三日間も人の家にいるのはどうかと思うけど」

 

 美波の手に握られていた鍵を見て、二人は一度考え直した。


「でも夕璃の家にお泊まりできるいい機会だし、それに夕璃だから大丈夫でしょ」

「うん。ゆうくんだし」

「さすがに夕璃が可哀想になってきた……」

 

 こうして桜華の提案により、三人は夕璃の家で三日間過ごすことにした。


「でも私これからバイトだし着替えとか取りに一旦家に帰るね」

 そう言って美波は夕璃の家を出た。


「じゃあさくら達も一旦家に帰って準備しよう」

 英里奈は頷き、家が近い桜華が鍵を預かり、しっかりと戸締りをして二人も夕璃の家を出た。



 しばらくして二人は戻ってきて、荷物を置いて向かい合って座った。


「そういえばさくらの自己紹介がまだだったね。春咲桜華十八歳です。夕璃とは高校で出会ったよ」

 桜華は律儀にお辞儀をし自己紹介をした。


「浜浦英里奈十八歳です。夕璃とは小学四年生で出会って、六年生の時に離ればなれになっちゃったんだ」

 英里奈もお辞儀をして自己紹介をした。


「まだお互いのゆう君との出会いや出来事とか話してないよね」

「美波が帰ってくるまで時間あるしお互いの知っている夕璃を話し合おうよ」

 

 二人は夕璃の家の冷蔵庫や棚からお菓子と飲み物を出して女子会ならぬ夕璃会を開いた。


「じゃあまずは私からいくね」

 英里奈は未だに覚えている夕璃とのかけがえのない日常を語り始めた。



 ―八年前―

 

 二人の出会いは一冊の小説がきっかけだった。

 

 小学四年生にもかかわらず、夕璃は暇さえあれば小説を読んでいた。

 

 まだ読めない漢字や意味が分からない言葉もあったが、それでも辞書で調べながら小説を一生懸命読んでいた。

 

 給食が終わった後の昼休み。

 

 ほとんどの男子はサッカーボールを持って校庭に行き、女子はいくつかのグループを形成して教室で騒がしく話している。

 

 夕璃は一番後ろの窓側の席で、他の男子にサッカーや鬼ごっこなど遊びの誘いをされても断って小説を読んでいた。

 

 そんな小学四年生では変わり者として扱われていた夕璃に一人の女の子が話しかけてきた。


「ゆうりくん?だよね?えりなもその本知ってるよ!」

 

 突然夕璃の読んでいる本を覗いて話しかけてきた


「ねぇねぇ。ちょっとこれ見てほしいな」

 女の子――英里奈は一冊のノートを夕璃に渡す。


「ありがと……」

 夕璃は渡されたノートを開く。

 

 そこには夕璃が読んでいた『Re:tall』という小説の登場人物の絵がずらりと書いてあった。


「すごい!これえりなちゃんが書いたの?」

「うん!えりな、お絵描き好きだから」

 

 決して上手くはないが、登場人物の特徴はしっかり捉えていて夕璃はその絵に感動していた。


「『七里ヶ浜英里奈』ってだあれ?」

 ノートの名前記入欄には浜浦英里奈では七里ヶ浜英里奈と書いてあった。


「それはぺんねーむ?って言うんだって。絵を描く人とか本を書く人がつけてる名前ってお母さんが言ってた」

 こうして二人は休み時間や放課後、『Re:tall』の話や絵を描いて遊ぶようになった。

 

 ある日、夕璃は何枚かの紙の束を英里奈に渡した。

 

 そこには夕璃の書いた『Re:tall』のもう一つの自作ルートだった。

 

『Re:tall』は主人公がヒロインに釣り合うため、認めてもらうため女友達二人に協力してもらい、小説家を目指す物語だ。

 主人公は二人の女友達と協力しているうちに、その1人の女の子を好きになってしまった。

 主人公は協力してくれた一人の女の子と付き合ったため、もう一人の協力してくれた子は主人公を好きだったので傷つけてしまい、疎遠になった。

 

 夕璃は主人公がその女の子を選ぶ別ルートを書いたのだ。

 

 字は汚く、雑な描写や会話のみの小説だったが、本編とは全く違う話に英里奈はとても気に入った。

 

 そしてその話に英里奈は絵をつけてくれた。

 これが二人で作った最初の小説だ。

 

 絵も内容も決して上手くはないが二人にとっては最高の本になった。

 

 そんな二人はある約束をした。


「ゆうくんは将来小説を書く人になるの?」

「うん!僕はいつか本を書く人になってこの二人で作った本よりも面白いのを書く!」

「えりなももっと上手な絵を描けるようになっていつか絵を描く人になる!」

「じゃあさ、僕、絶対本を書く人になるからえりなちゃんも絶対絵を描く人になってよ。いつか大人になったら二人で最高の本を作ろうよ!」

「うん!絶対、絶対なる。約束だよゆうくん」

 

 そして八年後、二人は見事にプロの作家とイラストレーターになった。

 

 それから二人は休み時間も放課後も毎日一緒にいた。

 

 授業中に絵を描いて怒られたり、自作の小説を図書室に置いたりなど楽しく賑やかに日常を過ごしていた。

 

 五年生に進級した時には付き合っているなどの噂も密かに流れるほど、二人が一緒にいない時はなかった。

 

 六年生に進級して、英里奈はふと夕璃が作家を目指している理由が気になった。


「ゆうくんはなんで作家になりたいの?」

 

 夕璃は質問に少し躊躇いながらも、恥ずかしそうに答える。


「俺は誰もがその物語の主人公に憧れるような物語を創りたい。俺は主人公って与えられた役じゃなくて努力してなるものだと思ってる。努力して主人公になる主人公に俺は憧れたんだ」


「私も努力して主人公になろうとしている主人公のことが好きだよ」

 英里奈の本当の言葉の意味は夕璃には分からなかった。

 

 二年も毎日一緒にいたから、これからもずっと一緒だと思ってた。

 

 だが、楽しい日常は一瞬にして幕を閉じた。

 

 夕璃がいつものように英里奈と小説を読んでいた時、その本が気になったクラスの男子が、物珍しそうに夕璃から本を取って中身を見たのだ。


「返せよ!」

「文字ばっかでつまんねー。あ、絵がある」

 

 その絵は、主人公と付き合っている真のヒロインだった女の子の下着姿の絵だった。


「うわ!!こいつらエロ本読んでるぞ!」

「これはエロ本じゃない!」

 

 小説をバカにされた夕璃は、本を奪った男子と取っ組み合いになった。


「二人ともやめなよ!」

 

 止めたのは英里奈だった。

 

 二人は止まったが、それを見ていた周りの子たちは


「えりなちゃんってゆうりくんのこと好きなのかな?」

「よく二人であの本読んでるよね。えりなちゃんも変態なのかな?」

 と、小さな声で英里奈を疑う。


「やーいエロ本カップル!」

「エロカップル!エロカップル!」

 

 男子たちは二人に罵声を浴びせた。

 

 結局その後、教室に入ってきた先生によって事態は収まったが、次の日から英里奈は学校に来なくなった。

 

 そして英里奈は引っ越してしまった。

 

 夕璃は英里奈を守ることができなかったことを後悔し、ひどく自分を責め続けた。



「私は明日も言われるんじゃないかって思っちゃって怖くて学校に行けなかったんだ」

「辛いこと思い出させちゃったよね。ごめんね」

 

 桜華は話を聞きたいと言ったことに罪悪感を抱いている。


「もちろん辛かったこともあるけどゆうくんとの楽しかった思い出の方がいっぱいあるから」

 英里奈の話が終わる頃には二人は夕璃を通して仲良くなっていた。


「今度は桜華の話聞かせてよ。高校生の夕璃はどんな感じだったの?」

「英里奈が話してくれた小学生の時とそんなに変わらないよ。いつもアニメの話ばっかりで小説にはすごい情熱を持ってて。さくらが夕璃と出会った理由もアニメだからさ」

 

 桜華はまだはっきりと残る夕璃との青春の思い出を語り始めた。

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