第24話 通過点

 夕璃が生きてきた中で最も波乱万丈だった一年があと半日で幕を閉じる。

 

 念願の小説家になり、幼なじみや変態編集者にライバル、憧れの人に出会い、妹のような小学生と一緒に暮らすようになった。

 

 いろいろなことが起こったが、桜華との進歩は何もなかった。


「早く桜華の隣をゆっくり歩いても作家としては止まらないくらいの力を身につけないと」

 

 夕璃はこたつに入り、一年間の出来事を思い出す。


「にぃ、何か言ったですか?」

「いや、何でもないぞ」

 つい心の声が漏れてしまい、台所で昼食の年越しそばを作ってくれている愛に聞こえてしまった。

 

 それからしばらく執筆をしていると、愛がそばをこたつまで運んでくれた。


 二人は向き合って座り、そばを食べ始めた。


「にぃ、そういえば明日おじ様が来るそうです」

「あ、明日!?時間によってはまずいことになるぞ……」

 

 今日の夜から桜華、英里奈、美波、芹那、遥斗が家に来ることになっている。

 

 誰も口にはしなかったが、今夜はみんな泊まりになると夕璃は踏んでいる。

 

 ただでさえ騒がしいメンツにカクが加わり酒でも飲み始めたら――夕璃は最悪の事態を想像してしまい、それをかき消すかのように首を全力で振る。


「坂道先生は近くのホテルに泊まるんだよな?」

「この家に泊まるって言ってたです」

「この家は宴会場でも宿泊施設でもないんだぞ……」


 一抹の不安を抱きながら夕璃はそばを完食し、愛と一緒に皿洗いをした。

 

 午後はみんなが来るまで大掃除をして余った時間で執筆をしたり、風呂に入ったりした。

 

 愛も東京に来てからもちゃんと執筆をしていた。

 小学生で作家だということや、愛が執筆をしている姿は今でも慣れない。

 

 やがて約束の時間になり、最初の来客が呼び鈴を鳴らした。


「やあ。久しぶりだね。元気だったかい?」

「最初にお前が来てくれてよかったよ」

 

 一番初めに来たのは遥斗だった。


「そんなに僕が恋しかったのか」

「お前が恋しいわけねぇだろ。愛と一緒に料理を作ってくれ」

「でも僕を頼ってくれる辺り、出会った当初とは本当に変わったね」

 

 夕璃は遥斗に愛を預け早く買い物に行けと急かし、家から出した。

 

 遥斗と愛が買い物に行ってる間に騒がしい仲良し三人が到着した。


「夕璃の家に来るの本当に久しぶりだ。元気にしてた?」

「お、おう。前より執筆速度を上げたから少し大変だが、俺は今を全力で走らないといけないからこれくらい平気だ」

「そ、そうだよね。ありがとね」

 

 夕璃は久しぶりに桜華と会ったため、若干声が裏返ってしまった。


「ゆ・う・く・ん?まずは坂道先生の心を動かすことでしょ!それとすぐ良い雰囲気にならないの」

「すまん。それも大事だな」

「それが!大事なの!」

 出会って早々良い雰囲気になった二人に英里奈は妙に突っかかる。


「相変わらずハーレムしてんね」

「別にハーレムじゃないと思うけど……嬉しいが疲れるんだよ」

「嬉しいなら疲れることくらい些細なことじゃん」

「まぁな」

 

 ドヤ顔で自慢する夕璃の首元を、美波は殺意を込めて掴んだ。

 

 買い物に行った二人が帰ってくるまで、四人はお菓子をつまみながら話に花を咲かせていた。

 

 英里奈とは仕事で会うが、桜華と美波と会うのは海以来なので話がとても弾んだ。

 

 クリスマスに愛と出かけたことを深く問い詰められたが、愛の過去を話して思い出を作ってやりたいという夕璃の考えを言うと二人は納得した。


「愛ちゃんってどんな子なんだろ。早く仲良くしたいなー」

 

 桜華が愛について考えてるとちょうど二人が帰ってきた。


「あんまり期待しない方がいいぞ。初対面の人や敵には口悪いから」

 

 しばらくすると愛がリビングに入ってきた。


「ただいまです――にぃ、こいつらだれです?」

「紹介するよ。高校からの友達の春咲桜華と山城美波だ」

「なんだ、ただの凡人共か。にぃは私のだから凡人が頑張っても奪えないからな」

「ねぇ何この子!めっちゃ口悪いし敵意剥き出しなんですけど!」

 

 愛は初対面の人や敵だと思った人には口が悪いが、敵ではないとわかると敬語になる。


「愛ちゃん。私は夕璃のこと何とも思ってないよ」

「そうだったんですか。よろしくです美波」

「ねぇ!私は?!」

 

 桜華はなんとか愛と仲良くなろうと試みるが愛は敵意剥き出しで仲良くなる意思は全くなかった。

 

 桜華がうざったく感じるようになったのか、愛は桜華の言葉を無視して遥斗と料理を作るため台所に行ってしまった。

 

 遥斗に対しては初めから敬語で、今では料理友達と呼べるような間柄になった。

 

 料理を作り始めてしばらくした頃、最後の客が来た。


「すまん、編集長に急に呼ばれて遅れてしまった」

「お疲れ様です。まだ始まってないので大丈夫ですよ」


 芹那は年末に行われるコミックマーケットのHG文庫ブースの責任者で、今日まで仕事に追われていた。

 

 ただでさえ編集者はブラックと聞くので、本当に時間を割いて夕璃の家に来てくれたのだと思う。


「悪いがお風呂場借りるぞ。シャワーだけ浴びたい」

 

 そう言って芹那は風呂場に直行した。

 

 芹那がシャワーを浴びている間に、次々と料理が完成した。

 

 料理を全て運び終わったと同時に、芹那が風呂場から出てきた。


「ちょうど料理ができましたよ――ってなんて恰好してるんですか!!」

 芹那は夜空のような深みのある紫色の下着のみの姿で出てきた。

 

 この場にいる全員が唖然とした。


「なんだその間抜け面は」

「なんだじゃないですよ!!服はどうしたんですか?」

「汗をかいてしまったから着る服がないんだ。男にとって女の下着姿は見ておいて損はないだろ?」

 

 芹那は胸を張って下着姿を強調した。


「じゃあこれ着てください!」

 夕璃はクローゼットからメンズの大きめのパーカーを取り出し、芹那に渡した。

 

 芹那がパーカーを着て、こたつに座り、ようやく全員が揃った。


「本当にいろいろあった騒がしい一年だったけど、来年もこうして集まれるといいなと思います。一年間ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。かんぱ――」


「あ、乾杯の前に言わなきゃいけないことがあった」

 

 夕璃が乾杯の音頭をいい感じにきめていたところ、突然芹那が中断した。


「いいところだったのにどうしたんですか?」

 

 芹那は一度、夕璃と遥斗を見てから深呼吸をした。


「おめでとう、二人とも。二人のコミカライズが決定した」


 あまりにも唐突な言葉にみんなが呆然とし、一瞬の静寂の後に二人はお互いの顔を見て安堵の笑みを浮かべて喜んだ。


「やっとだな。まずはコミカライズ」

「あぁ。コミカライズもアニメ化も全て通過点にすぎない。大切なのは小説だ」

「遥斗、お前わかってるじゃねぇか」

「普段は熱くならない僕なのに、いつしか君のように情熱的になってしまったよ」

 

 二人に続いて理解が追いついたみんなも次々に応援や祝福の声をあげた。


「ほら夕璃、乾杯の音頭の続きを」

 

 芹那に促されて夕璃はグラスを持ちあげた。


「コミカライズは通過点だけど、俺たちの第二歩を祝って――乾杯!」

 

 新たな年の幕開けには相応しすぎるくらいの朗報だった。

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