第7話互いを思うばかりに……
「起きてる?」
「ああ、起きてんぞ」
小さい豆電球だけが部屋を照らす。
そんな中で、俺が布団で涼香がベッドの上で横になり眠りに着く体勢だ。
中々、眠れずさっきから、起きてる? 起きてるぞとオウムのように繰り返しては繰り返している。
「人様のベッドで寝るのは不思議な気分」
「お前がベッドが良いって言ったから、引き渡したが、やっぱり布団で寝るか?」
「ううん。こっちが良い。だって、布団で寝てたら祐樹がベッドの上から落ちて来て、ぐえって潰されそう」
「……」
「あれ? 反論は?」
「残念なことに寝相が悪くてな。たぶん、お前の言った通りになる」
「え~、まだ寝相が悪いの治ってなかったの? 小さい時、私と祐樹でお昼寝してた時、私の鼻の中に指を突っ込んできたり、頬を叩いたり、してたあれが、まだ治ってないの?」
「っぷ」
つい吹き出しそうになるが堪えた。
いつも涼香と一緒にお昼寝したら先に目覚めるのは俺。
鼻の中に指を突っ込んだり、頬を引っ張ったり、叩いたり、悪戯していた。
当然、パチリと涼香の目が開くわけで……、
その時、寝たふりで誤魔化していた。
まさか、本当に誤魔化されてて今の今まで気が付いてないとはな。
思わず、笑っちまいそうだったぞ?
「どうかした? 急に黙ったけど」
「い、いや、な、なんでもないぞ?」
「怪しいんだけど。まあ、いっか」
「……」
「……」
再び訪れた静寂。
ああ、このままぐっすりと夢の世界へ誘われて、
「すんすん」
鼻を鳴らす涼香。
俺のベッドの匂いを、お嗅ぎのご様子。
ちょっと、すんすんと鼻を鳴らせた後に、唸り声をあげて文句を垂れやがった。
「ん~~~~、臭いような臭くないような……。これが男子臭? ってやつ? いや、ただ単にこれは祐樹の体臭が臭いだけで……」
「わざと俺に聞こえるように言って楽しいか?」
「たのしい!」
部屋は豆電球しかついていないのに、明るくなった気がするぜ。
というか、こいつ寝る気ないのか?
さっきから煩いけど。
「いい加減寝るぞ? あれか、もしかして緊張して寝れないのか?」
「うん……。すっごく緊張して寝れない」
「ったく、仕方ない。今日は好きなだけ付き合ってやるよ。ほら、眠気に負けるまでなんでも話せ」
「太っ腹だね。ありがと。んじゃんじゃ、最初は……この同居生活はどう思ってるのか、教えて?」
顔を俺の方に向けて、まじまじと見つめながら聞かれる。
話する気満々、もう寝るのそっちのけだ。
「正直、母さんの言う通り練習しといて正解だった。お前といきなり二人で生活するとか、マジできつかったと思う。今でさえ、結構きついし」
「あ~、私も。なんと言うか、息苦しいよね……。慣れるまで、ちょっと時間が掛かりそうなんだよ。今も、寝る時間だってのに、息苦しくてこういう風に話しちゃってるし」
「困ったもんだ。んじゃ、お前だけに質問させるのは、なんかずるい気がするから、俺からも聞いて良いか?」
「なになに、スリーサイズでも聞きたいの?」
細身の涼香。
サイズに直すとあら不思議、意外と魅力的ではない。
だというのに、実物を見るとすっごくスタイル抜群に見えるんだよな……。
「教えてくれるなら聞いとくぞ?」
「そう言われると教えたくないね。はい、祐樹のターンはおしまい。今度は私が質問する番だよ」
「おい、さらっと終わらせんな。まあ、良いか。ほら、何でも聞け」
「祐樹ってさ。私の事、どう思ってる?」
「……今、それ聞くか?」
夫婦生活を始めてだいぶ経つ。
受験のせいで、ほぼほぼ顔を合わせなかったが、それでもだいぶ夫婦になってからは時間が経った。
そんな今だから聞いて来たのだろう。
息を呑み、涼香にありったけの気持ちを告げる。
「正直に言うと、ありだと思ってる。腐れ縁でどうしようもなく、兄妹みたいだとか思ってた癖によ。いざ、夫婦になったら、まあ……あれだ。悪くない。だがしかし、夫婦として生涯を一緒に終えたいかと聞かれたら微妙だ。良く分からん」
「私もそんな感じ。祐樹の事、ありだよ? でもさ、夫婦として一緒に生活していくのは、いまいち実感が沸かないや」
「そういや、夫婦になってはいるが、好きな人が出来た場合どうする?」
「どういうこと?」
「つまり、あれだ。俺達は仮夫婦だろ? 要するに結婚はしてるけどさ、本当に好きな相手が出来たら、そいつを今の夫婦関係のせいで諦める。それって、おかしくないか? って話だ」
「んー、難しいとこ突いて来たね。というか、そう言う事を聞くって事は祐樹は好きな人が……」
怪しむ目。
ちょうど、豆電球の明かりが涼香の目に反射し、得も言われぬプレッシャーがヒシヒシと伝わって来る。
「好きな人なんていないぞ? お前のためを思って言ってんだ」
「え?」
「お前にさ、好きな人が出来たのによ。俺と結婚してるから諦めるのは、絶対にして欲しくないんだよ。だって、一度きりの人生だぞ? 」
「あああああああああああ」
いきなり枕に顔を押し当て叫んだ涼香。
で、顔をあげて細目で睨まれる。
「だ、大丈夫か?」
「この雰囲気でさ、今みたいに、格好良い事を言うとか卑怯だよ! もう、ほんと卑怯者だよ! そんな優しくされたら、祐樹がそこまで夫婦生活に、まだ乗り気じゃないのに、私だけドンドン乗り気になっちゃうじゃん!」
「お、おう。でも、夫婦生活に乗り気になるって良い事じゃ……」
「良い事だと思うよ? でも、私ばっか祐樹の事を好きになったとするでしょ? なのに、祐樹は私をそこまで好きじゃない。それって、私が祐樹を縛り付けてるみたいで嫌なんだもん……」
涼香は駄々っ子みたいに振る舞う。
で、急に俺に向かって、枕まで投げつけて来やがった。
ああ、クソ。
お前の方こそ、俺に優しすぎるだろ。
俺の方こそ、一方的に夫婦生活に乗り気になって、お前を縛り付けたらどうしてくれんだ?
それから、気が付けば枕を投げて来た涼香は静かになった。
おそらく寝たのだろう。
結局、何時まで起きてたのか気になり携帯を見る。
「3時20分か……。って、あいつ、こんな時間にメッセージを送りやがって」
携帯に一つのメッセージ。
それは俺の男友達である田中からだった。
『受験が終わったら、三田さんにアプローチしようと思う。お前、幼馴染だろ? 俺のために力を貸してくれ。悪いな、夜遅くで、でもお前に相談する勇気がなかなか出なくてよ……』
田中が言う三田さん。
彼女はもうこの世に居ない。
だって、三田 涼香は俺と結婚して、新藤 涼香になっているのだ。
学校では俺と涼香が結婚しているのは隠してあるし、未だに涼香は三田さんではあるんだけどな。
で、だ。
返信はどうしたものか。
俺なんかよりも、田中はきっと涼香の事を好きだったろう。
田中は、涼香の事をなし崩し的に好きになりつつある俺とは違う。
涼香も俺なんかよりも、田中のようにはっきりと好きだと言い張ってくれる奴と付き合った方が幸せかもしれない。
けど、そんな思いとは裏腹に指が勝手に動いていた。
『知るか。ボケ、涼香は俺の奥さんだぞ?』
……っと、送信ボタンを押す前に踏みとどまる。
もう少しで、学校中に俺と涼香が結婚したことが知れ渡り、騒がれるとこだったぜ。
額の汗を拭ってから、文章を弄る。
『知るか。ボケ。勝手にやっとけ!』
そして、送信ボタンを押した。
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