第4話初めて見た幼馴染の顔

 受験前、俺含めた男子どもは、涼香含めた女子グループを卒業旅行に、一緒に行かないか? と誘っている。

 結果として、男女合計8名で卒業旅行に行く事となった。

 もちろん、親には……女の子だけ、男の子だけ、で旅行すると嘘を吐くのは言うまでもない。

 親からしてみれば、高校生はまだ子供。

 男女で一緒に旅行となれば、良い顔は浮かべないに決まっているのだから。


「受験が終わってる組。どこに行くか、候補を決めておいてくれ」

 友達の加藤がそう言った。

 加藤はまだ志望校に合格で来ておらず、受験中。

 センター試験で志望校に合格した奴らは暇になったんだろ? という顔だ。

 で、今現在の受験が終わった組と言えば……、


 俺と涼香だけ。

 それ以外は、まだ必死に勉強を続けている。


 卒業旅行でどこに行くかの候補を決めておけと言われた。

 という訳で、俺と涼香は学校が終わると、一度自分の家に戻り、制服から私服に着替えて、繁華街にある旅行代理店に向かう。

 旅行を一から組むのは至難の技。というか、面倒くさいし文句言われたら嫌だ。

 そこで、取り敢えずは旅行代理店で良い旅行プランが無いか見るわけだ。


「取り敢えず、チラシいっぱい持って帰る?」


「だな」

 置いてあるチラシを手当たり次第に抜き取る。

 あらかた抜き終えて、帰ろうとしたその時だった。


「こっちも、持って帰ろっか」


「そうだよなあ……。そっちも考えなきゃダメだった」

 涼香がこっちもと言った代物。

 それは卒業旅行ではなく、新婚旅行のプランが書かれたチラシ。

 受験が終わり、受験前でさえ言われていた新婚旅行。

 どこに行くのか、いつ行くのか。

 非常に煩くされているし、行かないという選択肢はない。


「これだけあれば十分、十分。後はネットとかで見て見よ?」


「じゃあ、次は……」

 言おうと思っているのに、なかなか言えない。

 これから、涼香に言おうとしている内容。

 私服に着替えてから街へと繰り出した理由でもある。


「どうかしたの?」


「おま、そのにやけ顔やめろって。俺が何を言おうとしてるか、分かってる上で、言わせようとか鬼畜か?」


「え~、祐樹が何言うか、全然分かんないんだけど」


「惚けやがって。ほら、結婚指輪を見に行くぞ」


「うん、行こっか!」

 旅行代理店にわざわざ制服を着替えて、私服で来た理由。

 それは、結婚指輪を見に行く予定もあったからだ。

 さすがに、制服で指輪を買いに行くのはおかしな話である。



 数分後。

 格式が高そうで、入るのが躊躇われるジュエリーショップ。

 恐る恐る店内に入ると、店員さんが近寄って来た。


「いらっしゃいませ。本日はどのような物をお探しでしょうか?」

 丁寧な店員さん。

 こういうところでは、眺めるよりも、店員さんに頼ったほうが確実。

 というか、指輪の事なんて全然分からん。

 

「け、結婚指輪を選ぼうと思いまして」


「かしこまりました。ご案内いたしますね」

 売り場に案内される。

 店員さんは親切に結婚指輪について色々と教えてくれる。

 そして、好みに合ったものを指にはめる涼香。


「……えへへ」

 指輪をしている方の手を、気恥ずかしく見せつけて来た。

 幾ら、お試し夫婦と言えど、結婚指輪をすると言うのは嬉しいらしい。

 俺も奥さんが喜ぶ姿を見て、さっきからにやけ顔が止まらない。


「似合ってるぞ」


「じゃあ、これにしよっかな。あ、でも、あっちも良いかも。祐樹はどれが良い?」


「俺か? そうだな……。店員さん。これも試して良いですか?」

 結婚指輪は涼香だけでなく、俺も指に嵌めるもの。

 涼香に任せっきりにするのではなく、しっかりと選ぶことにした。

 

「はい、少々お待ちください」

 それから何件か違うジュエリーショップも巡った末、涼香と俺は結婚指輪を選んだ。

 クレジットカードはまだ持っていない。

 現金一括払い。

 勢いで結婚した俺達、結婚指輪は親を欺くため。

 結婚指輪は半額ずつ出して買う予定であったのだが……

 店員さんが裏に回って、少しばかり居ない時に涼香に言う。


「俺が出す」


「え?」


「初めての結婚指輪。別にお金がない訳じゃない。見栄を張らせてくれないか?」


「……良いの? 私達、あくまで勢いで結婚した夫婦なんだよ?」


「良いに決まってる。むしろ、今、この場で俺が全額出さないとか俺が嫌だ」


「そっか、ありがとね」

 銀行から卸してきた大金を支払う。

 さすがに当日に持って帰れるわけがない。

 後日、裏に結婚した日付と俺達の名前が入った指輪が出来上がり次第、受け取る予定だ。

 そして、ジュエリーショップを俺達は後にした。





 ジュエリーショップを出た俺は、横を歩く涼香に話しかけた。


「初めて、あんな大金使った」


「どう? 大金を使って、結婚指輪を買った気持ちは」


「正直に言う。悪くない気分だ。なんと言うか、お前が嬉しそうに指輪を見せてきた時さ、この笑顔のためなら別に良いかってなった」

 幼馴染の笑顔。

 正直に言うと、見飽きていた。

 けど、今日見せてくれた涼香の笑顔はいつもとは全然違う。

 恥ずかしそうで、嬉しそうで、宝石のように目が輝いていた。

 約15年くらいの付き合いがあるというのに、初めて見た表情だった。


「……ねえ、祐樹。私さ、悪くないと思って来た」


「何がだ?」


「夫婦生活。だってさ、結婚指輪を私たちは親を欺くために買うじゃん? で、半額ずつ出そうって決めたのに、私に出させなかった。大事にしてくれるんだな~ってしみじみしちゃったよ」


「そうか?」


「うん、そうだよ」

 近づく涼香。

 そして、俺の手を握って引っ張りながら言う。


「私、祐樹と結婚して良かったかも! さ、時間あるし、ちょっとどこかで遊ぼ!」


「あ、ああ」

 いきなり引かれた手。

 何気なく言われた一言。

 この時、俺は初めて幼馴染の涼香を一人の女性として認識した。


 とはいえ、答えを出すにはまだ早い。

 勢いあまって、結婚したという失敗をしたのは、つい最近の事なのだから。











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