第27話右手が治るまでは……

「おはよ……」

 少しだけぼさっとした髪の毛を正しながら、リビングに来た涼香。

 引っ越し作業もほぼ終わり、ベッドの上で昼寝していたわけだ。

 かく言う俺も、ついさっきまで寝て居たばっかりである。


「おう、おはようさん」


「慣れって怖いね。祐樹が横に居たのに寝れたっていう」


「だな」

 眠くて眠くて、仕方がなかった俺達は一緒のベッドに入った。

 慣れと言うのは怖く、なんと言うか普通に寝れてしまった。

 個人的には一線を越えてない状況で、慣れてしまったのはどうかと思うがな。


「さてと、届いた冷蔵庫も冷えて来たし、色々と買いに行かないか?」


「うん、行こっか」



 あっという間に、昨日と同じく二人してスーパーへ行って買い物を終える。

 料理の腕が悲惨的な俺は涼香に料理するなと言われているので、出来合いの物を買う時以外は、おとなしくしていた。

 さてさて、今日の夕ご飯は何になるんだ?


「今日はカレーだよ! 嫌なら、他のも作れるけど、カレーで良いでしょ?」


「ああ、カレーで良いぞ。作って貰うんだ。贅沢は言わん」


「お肉はどうする? 一応、冷凍すれば良いやって思って牛、豚、鶏、って全部買ってあるし」


「家計を考えてポークかチキンで」

 スーパーで買い物して分かった事が一つ。

 牛肉が高くて、牛肉ばっかりを食べていたら、あっという間に設定した食費を超えてしまう事だ。

 なので、牛は温存しとくのが吉だろう。


「うんうん、牛肉ばっかり使ってたら、すぐに決めた食費を超えちゃうもんね。じゃ、私的にヘルシーなチキンにしよっと」

 昨日、お腹がポッコリだの、太っただの、そういう話をしたからだろうか、気にしてヘルシー志向。

 ちょっぴり気にしちゃう所が、これまた良いんだよなあ……。


「じゃ、愛する祐樹のために腕を振るうとしますか!」

 それから、普通に買い物を終え、カレー作りに勤しむ涼香。

 料理をしている姿が好きで、気が付けばついつい涼香の方を見てしまう。


「ねえ、祐樹。味見して?」

 お皿にちょこんとカレーを乗せたものを渡され、味見を頼まれる。

 断る通りも無く、カレーの味を確認。

 ルーが足りず、少しだけ薄い気がした俺は遠慮なく言う。


「もうちょい、ルーを入れても良いんじゃないか?」


「やっぱり?」

 残っていたカレールーをお玉の上に載せ、その上で玉にならないよう溶かす。

 リビングで出来るのを待ちながら、机の上を拭いておこうと布巾を手に取って、片手で何とか布巾を濡らす中、楽しそうにお玉をぐるぐる回す。


「ねえねえ、祐樹。もし、私じゃ無くて、他の人と一緒に暮らし始めた時だったら、今、味見したカレーの味についてどう言った?」


「味覚の差もあるし、『これで良いんじゃないか?』って遠慮したと思うぞ」


「意外と遠慮がちだもんね。祐樹ってさ」


「自分で言うのもなんだが、そうなんだろな。が、しかし、付き合いの長いお前には遠慮しない。なので、素直に言わせて貰った」


「じゃあ、私も~遠慮しない。さっきから、私をじろじろ見てるけど、楽しいの?」


「そりゃまあ、楽しいというか、お前のエプロン姿が新鮮で良いなって……」


「えへへ、そう?」


「まあな」

 遠慮しない関係しか感じない。

 こんな風に始まる同居は、たぶん俺と涼香だからこそなんだろうな。





 カレーを作り始めて約45分後。

 お米も炊き忘れるなど無く、出来上がったカレーを食べ始める俺達。


「いただきます。うん、美味しい。母さんが作るカレーよりもうまいぞ」


「えへへ、お世辞でも嬉しいね。じゃ、私も頂きますっと」


「ところで、洗濯物とか掃除とかはどうする? 生活感が出て来た今、決めとかないとだろ。まあ、このまま、料理を涼香が担当してくれるのなら、俺がやる」


「じゃあ、私が料理。祐樹が他の家事で。ま、手が治ってからの話だけど」


「そりゃそうだな。手が治ったら、ちゃんと働くからそれまでは頼んだ」


「うんうん。祐樹ってそういうとこが律儀なとこ本当に好き。ところで、祐樹。お昼寝した時、先に起きてたけど私に悪戯とかしちゃった?」

 そわそわと聞いて来た涼香。

 ……正直、先に目を覚ました時、胸とか色んなとこを触ってやりたい気持ちで一杯だった。

 よって、はっきりと言ってしまおう。


「ちょっぴり触った。どこがとは言わないがな」


「祐樹のえっち……」

 ちょい拗ねながらのか細い声。

 初々しい涼香の可愛さに打ちひしがれながら、俺も問う。


「っく、仕方ないだろ。男なんだし。そういう、涼香こそ、寝て居る俺に何かしてないだろうな?」


「……し、してないよ?」

 嘘が下手くそな涼香。

 たぶん、俺が先に寝て何かしら触っていたに違いない顔を浮かべるので、ちょいと攻めて立てる。


「エッチな女の子は嫌いじゃないから正直に言え。寝て居る俺のどこを触ったんだ?」


「え、あ、その……」

 もじもじと恥ずかしがりながら、視線がやや下を向く。


「ほんとか?」


「ふ、服の上から優しくだよ?」

 何だこの可愛いお嫁さん。

 初心で恐る恐るな行動が本当にグッと突き刺さるものがある。


「ちなみに感想は?」


「い、言わせないでよ! もう、意地悪するならお風呂の時、何も助けてあげないもん!」

 ちょっといじめ過ぎたらしい。

 パクパクとカレーを頬張ってモグモグと勢いよく食べて行く。


「悪い。悪かったって」


「んぐっ。まあ、許す。でも、意地悪されたし、あれな事をしたくてもやらせてあげないから」


「ほほう。じゃあ、お前の方から俺に手を出すって事か?」


「っっ~~~。バーカ! もう本当にやらせないもん! 土下座して、私に情けなくお願いしますって言うまでぜ~ったいにお預けだよ!」

 昨日ベッドの上で、最初に誘って来たのは俺じゃないんだよなあ……。

 てか、土下座して頼めばやらせてくれるところとか、本当にちょろくて、俺の事、好き過ぎないか?








 土下座するまで、やらせてあげないというやり取りをした日の夜。

 いつも通りに俺は涼香に体を洗って貰うことになったのだが、


「す、涼香さん?」

 驚きのあまり、涼香の事をさん付けで呼んでしまう。

 だって、昨日俺が言った通り、水着を着て体を洗いに来てくれた。

 ワンピース系だが、ちょっぴりセクシーな黒の水着が似合っている。


「可愛いでしょ? 土下座してお願いするなら、幾らでも触らしてあげるけど、どうする?」


「っく、俺的には土下座したら、それはそれで変な思い出になりそうで嫌すぎる」


「あははは、祐樹って意外とメルヘンチックな所あるよね。ほれほれ、土下座しちゃいなよ? ね?」

 右手を見やる。

 後1か月で取れるギプス。

 正直に言うと、たぶんこの手のせいでペースは絶対に涼香に握られる。

 せっかくの初めてで、情けない姿は見せたくない俺は涼香に宣言した。


「右手が治ってからだ。それまでは我慢だ」


「なるほど。情けない姿は見せたくないわけだ。でもさ~、さっきカレーを食べてる時、私に意地悪したんだから、私も意地悪して良いよね?」

 左腕に抱き着いて来た。

 そして、わざとらしく言う。


「土下座しちゃえば楽になれるよ? 自分でやっておいて、言うのもおかしいけどさ、これ恥ずかしいね」

 っく。辞めてくれ。マジで抑えきれんから。

 自分でやった癖に、恥ずかしいと言いながら、めっちゃ顔を赤くするのはずる過ぎる。

 ああ、もうあれだ。土下座したい。めっちゃ、土下座したい。


 が、俺も男だ。

 右手が使えるようになるまでは我慢して見せる!!!


「俺を舐めるなよ?」

 

「くぅぅ~~~~。祐樹がめっちゃ我慢しようとしてるのが可愛いくて死んじゃうかも。我慢する祐樹の姿……ほんと良いかも……」

 目を爛々と輝かせご満悦。

 さ、さすがに我慢する俺が可愛いとか言って、今後もこんな風にちょっぴりエッチな事は仕掛けて、こ、来ないよな?


 



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