第9話いつもより甘いお菓子

 田中の邪魔。

 一番の邪魔する手段は俺と涼香が結婚しているとまでは言わなくとも、良い感じの仲である事を暴露することだ。

 恋人であると言いふらすのが一番なのだが……


「涼香。クラスでは結婚しているとは言わないが、付き合ってるって言っとくか?」


「ん~、でも先生と話した時、付き合ってるとか言うのも辞めとけって言われたじゃん。ボロが出て、結婚しているとバレやすくなるって理由もあるし。先生には言ってないけど、宝くじ当ててるじゃん? なんで、結婚したかって不思議に思われて、探られて宝くじが当たったと知られるのは不味いし」

 高額当選者が貰える特別な冊子。

 それには不幸になった人の事例が数多く乗っていた。

 友人に軽い気持ちで言ったら、毎日、変に絡まれ、嫌がらせを受けた。

 セールスマンが毎日のようにやって来る。

 借金の保証人を頼まれる。などなど。

 よって、仲の良い友達相手に結婚を伝え、変に勘繰られ、宝くじが当たった事がバレないようにしようと決めているわけだ。


「そうだがなあ……」

 田中とは仲が良い。 

 出来れば、それとなく俺と涼香が出来ているというか、出来上がっていると分からせてやりたいんだよな。

 なんだかんだで、一番それが涼香へのアプローチを妨害する手でもあるし。


「私と恋人って周りに自慢したいの?」


「そういうわけじゃなくてだな」


「はあ……。そこは嘘でも良いから、自慢したいって言うとこじゃない?」


「お前こそ、そういう風に言うって事は周りに自慢したいくせに。っと、そういや卒業旅行で行く場所が決まったんだ。申し込みの準備をしとくか」

 候補地を絞り込んだ俺と涼香。

 すっかりと幹事になってしまったわけで、手続等を任されている。

 時期も時期、早め早めの行動を起こさなければ、どこかで必ず痛い目に遭う。

 アップルパイを食べ終えた俺と涼香はパソコンで申し込みを済ませる。

 後は、みんなからお金を集めて、旅行会社に振り込むだけだ。


「ん~、ドンドンお金が消えて行く。さっさと、お金の知識を身に付けなきゃ勿体ないかも」


「っと、アップルパイとは別にこんなんも買って来たんだった」

 カバンから取り出したのは資産運用について書かれた本。

 そう、俺達は宝くじを当てて、資金がある。

 それをただ眺めているのだけは非常にもったいない。

 父さんがそのくらい資産があるのなら、投資を始めろと言われており、本格的に勉強を始めたという訳である。


「やっぱり、投資の知識が無いなら投資信託なのかな?」


「他の投資は常に気を使わなきゃいけないらしいしな」


「で、資金はどうする?」


「取り敢えず、数年分の生活費。2000万円だけ手元に残して、残りは全部、投資に回そうかと思ってる」


「確かに2000万円あれば、数年間なら余裕で暮らせるもんね。私もそんな感じにしよっかな……」

 二人して未来のための相談をするとか不思議な気分だ。

 少し前までは涼香とこんな話は一切しなかったのにな。

 割と真剣に色々と話し合っていると、母さんが家に帰って来た。

 リビングで話し合っている俺と涼香を見て言う。


「将来設計は大事。気を付けなさい。特に子供とかはしっかりとまでは行かなくても、計画的にね?」

 気まずいなあ。

 早く、4月になってこの家を出て行きたいんだが?

 母さんも帰って来たことだし、俺と涼香はリビングで話すのを辞めて、俺の部屋に引き籠る。

 だって、あのままリビングに居たら、母さんの餌食にされる。

 まだまだ、新婚な俺と涼香。

 聞きたい事だらけなのだから。


 

 俺の部屋に入ると、涼香はベッドに座り、チョコレートのついたスティック菓子の封を開けてポリポリと食べ始めながらぼやく。


「子供についての弄りが一番どういう顔をしたら良いのか分かんないよ」


「俺もだ。あのネタはかなり精神的にキツイ。すっかり、俺のベッドを占領しやがって。一応、そこは俺もお気に入りのくつろぎスポットだったんだぞ?」

 ベッドの上でくつろぐ様が板についている。

 緊張してるとか言ってたのはどこに行ったのやら。


「しょうがないなあ。はい」

 ベッドのど真ん中に座っていた涼香は、ちょっと動く。

 動いて空いたスペースをポンポンと手で叩く。

 空けたんだから座れば? 的な顔である。なお、空けてくれたスペースは超狭くて何とか座れるぐらいな事から、おちょくられているだけだ。

 とはいえ、せっかくなので涼香が空けてくれたスペースに収まってみる。

 

「よいしょっと」


「ちょ、近い。近いから!」


「そうか? と言うか、まだお前の方がベッドを占領しすぎだろ。夫婦なんだし綺麗に半分で使うべきだ」

 そう言って、涼香を押してもう少しだけベッドの隅へ追いやろとするも。


「やだ。ここは私のベッドだもん」

 そう言って、動いてくれなかった。

 肩がくっ付くくらいに近い俺と涼香は、ベッドの上でスマホ弄りだ。

 気になってた映画が配信されてたなと思い、スマホを横にし映画を見始める。

 横には涼香。

 音を出すのは辞めて置こう。

 イヤホンを耳に装着しようとするも阻止された。


「私も見る」


「ん、そうか」

 小さい画面をベッドの上で、肩を並べて見始める。

 映画が始まって、数十分が経った頃、


「これがイチャ付くってやつなのかな?」


「かもな」

 そう呟いた時だった。

 スマホを持っていない方の手を涼香が握って来た。


「えへへ。こうしたら、もっとイチャイチャじゃない?」


「じゃあ、さらにこうだ」

 指の間に指を絡める。

 恋人繋ぎってやつで手を繋ぐ。

 ギュッと握られた手と手。

 ほんのりと温かくて……ギュッと手が締め付けられる感覚が心地良い。


「ねえ、祐樹」


「なんだ?」


「お菓子食べる?」

 そういや、こいつ。

 人様のベッドの上でチョコが付いたスティック菓子を食ってたな。

 

「手がふさがってるから食べさせてくれ」

 片方は涼香の手。

 もう片方は映画を見ているスマホを持っている。

 手が使えないので、食べさせてくれと催促した時だった。


「んっ」

 スティック菓子の片方を口にして、俺の方に向けて来た。

 合コンで良くやる印象がある、あれをしようと言わんばかりだ。

 口に咥えられたスティック菓子を受け取ろうとしたのだが、


「なんか、こういう形で初めてはもったいない気がする……」

 口に咥えたスティック菓子をポリポリと完食してしまう涼香。

 で、普通に手で俺の口にスティック菓子を放り込んで来る。


 放り込まれたお菓子。

 なぜだか、いつもより少しだけ甘い気がした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る