第8話ひねくれものは素直になれない

 受験が終わる生徒が増え始めた2月下旬。

 クラスの雰囲気はギシギシした雰囲気からだいぶ和かなものに変わりつつある。

 受験が終わった組は卒業したら、どこで遊ぶかという話題で持ちきりだ。


「ほら、色々と絞っといた」

 友達に卒業旅行の候補地が書かれた紙を渡す。

 俺と涼香に関しては、まあ宝くじのおかげでお金は心配ないが、みんなは違うので、割とリーズナブルな候補地を探すのに苦労した。


「え~、どれどれ?」


「夜行バスか……」


「事故とか怖くねえか? 一時期、問題になったろ」


「仕方ないでしょ。うちら、お金ないんだし」

 俺と涼香が絞った候補地リスト。

 それらを見ながら、みんなでどこへと向かうか決めた結果。

 某有名レジャーランドに決定。

 なんだかんだで、観光地を巡ろうにも足が無い俺達だ。

 思いっきり、無駄なく楽しめる場所が良いからこその、レジャーランド。

 それでいて、入場券とホテルの宿泊費用、交通費がセットになっているお得なプランの値引き率が良かったからだ。

 男女で一緒に行く泊りがけの卒業旅行。

 色々な期待を胸に参加する者が居るわけで……女子たちが先に帰った後、男子である俺達はなんと言うか正直だった。


「あわよくばだ」


「だな、あわよくば彼女もちになれるきっかけになるかもしれん」


「で、だ。ここは、正直に誰を狙いに行くか決めよう」

 下心の塊だ。

 ましてや、卒業間近である。

 告白して断られたとしても、通う学校は春から違うのでノーダメージ。

 本当に色々と攻め時だ。

 楽しそうに涼香含めた女子グループにいるどの女の子と仲良くなりたいか話す、野郎ども。

 それを遠目で見守る俺。


「おいおい。祐樹。お前、なんで、そんな余裕なんだ? せっかく、女子との旅行だぞ。もっと、テンション上げて行こうぜ?」


「ったく、お前らな。もっと、純粋に旅行で楽しむ気はないのか?」


「俺達は純粋だからこそ下心満々だ。てか、お前こそ、この前までは大学に入ったら絶対彼女作ってエンジョイするとか言ってたろうが」

 ……ああ、そんな事を言ってた気がするぞ?

 でもな、お前らに行ってないだけで、俺はリア充を通り越してるんだよ。

 とはいえ、言ったら言ったでかなり騒がれる。

 黙っておくべきな訳で、嘘を吐く。


「今でもそう思ってるぞ? ただな、クラスメイトの女子でお前らは満足なのか? 大学に通い始めればもっと可愛い子達と出会える可能性があるのによ」


「なるほど。それもありだな。しかし、目の前に居る女子をただ眺めるだけってのは勿体ないだろうが。な、お前ら?」

 青春真っ盛りだ。

 で、俺は狙うなら○○ちゃんだとかゲスい話。

 この前、夜中にメッセージを寄越して来た田中が気恥ずかしそうに言う。


「俺さ、三田さんの事、本気で好きみたいだ」


「お、おう」

 あまりのガチにちょっと引き気味になる俺以外の友達。

 事前に知っているからこそ、普通だが俺もこの場で初めて知ったら、引いてたに違いない。

 そう思いながら田中の話に耳を傾ける。


「協力しろとは言わない。けどよ、俺、頑張る」

 やる気と決意に満ち溢れた男の顔。

 さっき、話していたどの女の子と仲良くなりたい? と言うのは冗談半分だったのだが、田中の言う事が、冗談半分じゃ無いのがどう見てもよく分かる。

 結果として、田中の肩を優しくポンと叩く野郎ども。


「ったく、今更とかおせえよ。もっと、高校生の内に頑張っておけや」

 佐藤が言った。


「でも、ま。頑張れ」

 続いて山本も言った。


「お前ら……。でも、そんなこと言っておいて、三田さんから好きですとか言われたら、裏切るつもりだろ?」

 田中のその一言。

 佐藤と山本は顔を合わせてから声をはもらせた。


「「あたりまえだろ?」」


「そこは俺の事を考えて、一歩引くとかないのかよ」


「ないない。だって、女の子と付き合える可能性はお前との友情より重い」


「ま、頭の片隅に田中が三田さんを好きだって事は覚えといてやる。ただ、覚えておくだけだがな」

 三人で仲良く話している。

 すっかりと、俺は蚊帳の外。

 そんな俺に田中が言った。


「新藤によ。三田さんが好きな事をカミングアウトしたのに『知るか。ボケ。勝手にしとけ』って返事が帰って来たんだぜ?」

 田中のその一言に食いつく佐藤。


「お、あれか。新藤。三田さんとは腐れ縁の幼馴染だと言っておきながら、実際はラブだったのか?」


「おいおい、田中だけじゃ無くて、新藤も三田さん狙いとか、修羅場過ぎんだろ」

 山本も煽る。

 ……ったく、どう返答すれば良いものか。


「あ~、まあ。そんなとこだ」

 

「え?」


「マジか……」

 驚く佐藤と山本。 

 無理もない。

 涼香の事で茶化された時、俺は決まって『ちげえよ』と返していたしな。

 で、驚く二人に対し、田中はと言うと、


「やっぱりそうだったか。あんときの返信を受けて、俺も薄々そうなんじゃ無いかって思ってた。俺、負けないからな?」


「……あ、ああ」

 良心が痛む。

 こんなにも真面目に涼香の事を好きだというのにある事を知らないのだから。



 そう、

 俺と涼香が結婚している事を田中は知らない。



 だというのに、目を輝かせて俺に言う。


「遠慮はしないからな?」

 そんな田中の発言があった後も、俺達は卒業旅行に向けて色々と話をするのであった。







 で、話を終えて学校から帰る。

 家に帰ると、涼香が制服から私服に着替えて、リビングでテレビを見ていた。


「ただいま」


「おかえり」


「ほらよ」

 

「ん? 何これ。って、駅前で美味しいって話題のアップルパイじゃん! どうしたの、いきなり」


「ん、気まぐれだ」


「え~、なんか怪しいんだけど。まあ、いいや。紅茶を用意しよっと」

 嬉しそうにアップルパイを手にする。

 そして、紅茶を用意し始めた。




 この前、涼香に好きな相手が出来た時、俺は絶対に俺のせいで、諦めるなんてさせないとか言った。

 まだ確かに夫婦になって生きて行くという事に対しては、答えは出てない。

 だけど、なんて言えば良いんだ?

 田中と涼香が仲良くなるのを見たくない。


 あんな綺麗ごとを口にしたが、どうやら俺は綺麗な人間じゃないらしい。



「おい、涼香。俺の紅茶も頼む」


「うん、分かった。にしても、やっぱりなんで急にアップルパイをお土産に買って帰って来たの? そう言う事、祐樹ってあんましないじゃん」


「まあな。でもよ。ほら、今でこそ俺んちでの同居だがよ。春からは二人暮らしになるわけだ。今のうちに、奥さんに優しくしとけば春から楽できるだろ?」

 

「そっか。さてと、紅茶はもうちょっと待ってね」


「ああ」

 涼香が違う相手を好きになった時、止める気は毛頭も無い。

 まあ、ぶっちゃけ、止めたいけどな。



 俺がこれからする事はただ一つ。



 涼香が田中に惚れないようにと邪魔するだけだ。

 







 

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